「土下座をしろ」「畳をなめろ」男性の被害
厚生労働省調査 “企業の半数対策特になし”
首都高速道路「切電マニュアル」作成
専門家”カスハラの明確な定義重要”
客からの迷惑行為などのカスタマーハラスメント、いわゆる「カスハラ」から労働者を守るため、厚生労働省は「カスハラ」を定義したうえで、企業に対策を義務づける方針案を示しました。これは26日、厚生労働省が労使などでつくる審議会で示しました。方針案では、「カスハラ」の定義について顧客や取引先、施設利用者、そのほかの利害関係者が行うこと、社会通念上相当な範囲を超えた言動であること、労働者の就業環境が害されることの3つの要素をいずれも満たすものとしています。
その上で、企業が講ずるべき措置として、会社の方針を明確化して周知・啓発を行い労働者からの相談に応じて、適切に対応するための体制の整備などをあげています。一方で、顧客などからのクレームがすべて「カスハラ」に該当するわけではなく、客観的にみて、社会通念上、相当な範囲で行われたものは「正当なクレーム」であることに留意する必要性も、法律の指針などに盛り込むことが検討されています。審議会の委員からは「業種・業態によってハラスメントへの対応が異なることから、業界ごとのマニュアル作成を支援するべきだ」という意見や、「中小企業では人や資金などの経営資源に限りがあるので、国も支援していくべきだ」という意見が出されました。厚生労働省は審議会での議論も踏まえ、年内にも正式に取りまとめることにしています。
不動産関連の会社で働いていた61歳の男性です。男性によりますと2006年から2008年にかけてアパートで不具合が見つかったとオーナーに呼び出され「土下座をしろ」、「畳をなめろ」などと言われたりしたといいます。こうした問い合わせが勤務日だけなく休日にもあり、男性は、月の時間外労働が100時間を超えるなどして精神障害となり、その後、労働基準監督署に労災と認められました。男性は「アパートに不具合があると休みの日でも電話がかかってきて大声でどなられ、着信の履歴を見るだけで身構えるようになった。ただ、相手は会社の顧客なので、どうしても逃げられずもうやらざるをえないという気持ちだった。長時間労働になると、会社の上司から『いつ仕事が終わるのか』と叱責され、限界だった」と話します。
男性は会社を退職しましたが体調がなかなか回復せず、仕事ができない期間が15年続きました。症状が落ち着いたため、2023年ビル管理の仕事を始めましたが、1日2時間で週3日ほどの短時間しか働くことができないということです。男性は、自分のような被害者を出さないよう企業が従業員を「カスハラ」から守ってほしいと訴えています。男性は「一度、病気にかかると治すのは大変だし、何であのときこうなってしまったのかとか、ネガティブな考えが思い浮かぶことが増えてきます。企業にはカスハラの対応を担当者任せにしないで、1人で無理だと判断したら複数の担当者を当てるなどして常にフォローしてほしい」と話しています。
厚生労働省は昨年度、カスタマーハラスメントについて調査を行いました。
このうち、企業や団体で働く8000人を対象に職場で過去3年間に顧客などからの著しい迷惑行為を受けたことがあるか尋ねたところ、10.8%にあたる861人が「経験した」と答えました。
経験した内容について詳しく尋ねたところ、最も多かったのが、▽頻繁なクレームや同じ質問を繰り返すといった「継続的な、執拗な言動」が57.3%でした。▽大声で責めるとか、反社会的な人とのつながりをほのめかすといった「威圧的な言動」が50.2%、▽脅迫や中傷、侮辱、土下座の要求などの「精神的な攻撃」が33.1%でした。
心身への影響については最も多かったのが、▽「怒りや不満、不安などを感じた」で63.8%、▽「仕事に対する意欲の減退」が46.1%、▽「眠れなくなった」が16.7%、▽「会社を休むことが増えた」が5.7%、▽「通院や服薬をした」が3.8%でした。
一方、全国の7693社を対象に顧客などからの著しい迷惑行為に対して取り組みをしているか尋ねたところ、全体の55.8%で「特にない」と回答しています。「特にない」と回答した企業の割合を従業員の規模でみると、▽1000人以上で37.2%、▽300人から999人で48.9%、▽100人から299人で62.0%、▽99人以下では73.8%となり、企業の規模が小さくなるほど取り組みが進んでいない傾向が明らかになりました。
首都圏で高速道路の建設や管理を行う「首都高速道路」には、年間60万件以上の問い合わせが寄せられています。その多くが渋滞や所要時間などの交通情報に関するものですが、「ばかやろう」とか「頭は大丈夫か」といった暴言や、「道を間違えて再び首都高に乗り直したが、料金も再度払わないといけないのは納得できない」といった自分の主張を長時間続けるものがあり、なかには渋滞予測をめぐり8年間、電話をかけ続けた人がいたということです。そのため、電話を受けるオペレーターのなかには精神的な苦痛を感じて上司にケアを求める人もいたため会社は去年5月、社員を守るため独自の「切電マニュアル」を作成しました。
具体的には、▽回答内容に問題がないにもかかわらず、30分以上同じ主張が続く場合、▽要求の内容が不当である場合、▽威圧的な発言や口調である場合は、相手に理由を伝えた上で「ご意見は十分に承りました。失礼いたします」と述べて電話を切ることにしました。
このマニュアルに基づき10月末までに30件の電話を切ったということですが、業務に支障が出るトラブルはないということです。オペレーターのひとりは「暴言を吐かれると不安に思い恐怖心を感じます。マニュアルがあることで会社が守ってくれると感じ、一層丁寧な対応を心がけようと前向きになります」と話していました。また、会社では去年10月、電話をかけてきた人とオペレーターのやりとりを自動で文字化して、モニターに映し出すシステムを導入しました。管理者はモニターを見て、カスハラが疑われる場合や対応が10分を超える場合は、オペレーターを支援しているということです。
「カスハラ対策に対する意識が世の中全体で高まれば会社も対応しやすくなる。ほかの会社でも対策を取るようになると思うので、いいところは取り入れるよう検討したい」
カスタマーハラスメントの問題に詳しい東洋大学の桐生正幸教授は厚生労働省が企業に対してカスハラ対策を義務づける案を示したことについて「これまでも悪質なクレームに対しては対応してきたが、企業はお客様に寄り添うのが基本だった。ようやくカスタマーハラスメントに対する社会的な対応がスタートを切った」と評価します。企業の業種や業態によってカスハラの内容が異なるため、桐生教授は「従業員をきちんと守るため、企業が具体的に『うちの会社のカスハラはこういうものだ』と明確に定義することが重要だ」と述べて、従業員と幹部が一緒に検討会を開き、これまでの事例をもとに企業ごとの対策マニュアルを作る必要性を指摘しています。
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