サイバーエージェントのAIラボには博士人材が集まる(東京・渋谷)=同社提供

渋谷駅(東京・渋谷)に直結する高層ビルにあるサイバーエージェントのオフィスの一角に、デジタル技術を使うマーケティングの研究開発を担うAIラボがある。

所属する正社員の6割の56人が人工知能(AI)や経済学分野の博士号を持つ。博士号取得者は研究を立案、実行できる高度な人材だ。AIラボの山口光太主任研究員は「博士人材の専門性を生かして研究力を高めれば、事業の売り上げ増加に直結する」と期待する。

東京大学の出身者や大手企業からの転職組が多いほか、大学の教員と兼務する研究者もいる。山口氏は「博士を中心に25年に100人まで研究者を増やしたい」と話す。

博士号を持つ博士人材をイノベーションの源泉とみなして、積極採用するサイバーエージェントのような企業が日本でも増え始めた。

富士通は21年度に「卓越社会人博士制度」を始めた。博士課程への進学と同時に富士通に入社した学生が、給料を受け取りながら、大学で博士号取得まで研究を続けられる。

AIなどの先端研究に取り組む九州大学と東大の学生2人が採用された。制度がなければ博士課程への進学を考えなかったという学生の1人は「専門性を深めて社会に貢献できる道が開けた」と喜ぶ。

富士通の稲毛昌利シニアディレクターは「イノベーションをけん引する博士人材の不足は日系企業にとっても死活問題だ」と強調する。海外では博士人材は官民問わず厚遇される。

日本では博士号を取得して学術界に残ろうとしても安定したポストの数は少なく、多くの若手研究者が苦労してきた。企業での採用も限られた。AGC会長を務めた産業技術総合研究所の石村和彦理事長は「高度成長期からバブル崩壊にかけては大きなイノベーションは必要なく、産業界が博士人材を求めてこなかったのは事実だ」と指摘する。

そうした企業側の意識はなお残る。経済産業省が20年に公表した調査結果によると、企業が博士人材を採用しない理由として5割弱が「必要とする人材像に合えば、必ずしも博士号を持っている必要はないため」と回答した。

日本社会の博士冷遇が「博士離れ」を招いた。博士課程入学者は03年度の1万8232人をピークに減少傾向にある。米国や中国、韓国がこの20年間で博士号取得者を倍増したのとは対照的だ。

国も危機感を隠さない。「博士人材が多様なフィールドで活躍できる社会を実現する必要がある」。3月末、博士人材の活躍に向けた文部科学省のタスクフォースで座長を務める盛山正仁文科相は強調し、博士の数で世界トップ級を目指すと明らかにした。

「博士人材活躍プラン〜博士をとろう」と題した計画では、人口100万人あたりの博士号取得者を40年までに現在の3倍に増やす目標を掲げる。博士を目指す学生の支援を強化し、産業界と連携してキャリアパスを拡充する。

ただ、博士人材の増加だけが目的化すると、過去と同じ失敗を繰り返すことになりかねない。政府は1990年代後半に博士研究員などを6割増やす「ポスドク1万人計画」を掲げた。しかし、大学や研究機関でポストが不足し、雇用が不安定な若手研究者が増えた。

高度人材の活用で国際的に後れを取るなか、産官学が一体となって博士人材が活躍できる社会を実現することが、将来の研究力を左右する。

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