ぬいぐるみに救われている人たちのための病院を
――「ぬいぐるみ病院」、大人気だそうですね。治療内容によっては、入院まで2、3年待つ状態だとか。堀口さんは、なぜこの病院を始めたんでしょうか?
堀口:子どもの頃から引っ込み思案で、ぬいぐるみさんが心の支えになってくれた経験がありました。大人になり、20代の頃に心を壊したときにも、ぬいぐるみのおかげで笑顔を取り戻せたことがあって。
私はもともと医療機器のメーカーで働いていて、その会社の新規事業としてぬいぐるみを販売するお店を起ち上げて、独立しました。起業して1年ほど経ったころ、お客さまから「ぬいぐるみさんのからだが弱ってきた」「けがをしている」といったご相談を受けるようになり、お綿を入れるなど治療(お直し)をすることになりました。
(『わたしのぬいぐるみさん』より)ぬいぐるみが?と思われるかもしれませんが、命を救われている方は、たくさんいらっしゃるんです。クリーニングサービスのような感じではなく、本当の家族といいますか、命ある存在として迎え入れるような、そんなことをやってみようと思いました。
前例があまりなかった、ぬいぐるみの治療
――この本を読むまで、こういった場所があることをちっとも知りませんでした。
堀口:当時ぬいぐるみを治療として受け入れる前例はなかったんです。洋服のお直し屋さんの中にあったり、おばあさまがおひとりでされているとことはあったのですが、ぬいぐるみだけを大切な存在として受け入れるところはなかったので、いろいろ研究して、治療方法もひとつずつ考えながら、やってきました。
――病院のサイトで写真を見せてもらいましたが、元の姿が想像もつかないような状態のぬいぐるみが、見事に生気を取り戻している様子に驚きました。みなさん思い入れがあるだけに、希望にこたえる治療を施すのは大変なことでは?
堀口:そうですね。まずはご家族の方に、イメージや思い出、どんな思いで治療をされたいかをお聞きしています。写真や描いた絵をいただいたり、口頭でイメージを言っていただいたりして、一緒に復元していく感じです。
(『わたしのぬいぐるみさん』より)ご家族がイメージをうまく言語化できないときは、一度こちらでお顔を作って見ていただいて調整していくんですが、ときには「このお顔です」というところに至るまで、半年ほどかかったりすることもあります。
――根気が必要な治療ですね。こやまさんは、なぜこういった、ぬいぐるみと暮らす人々のことを作品に描こうと思ったんですか?
こやま:もともとは出版社の方から「ぬいぐるみと人についての漫画を描きませんか」とお話をいただきました。それで大阪にある堀口さんの「ぬいぐるみ病院」さんにうかがって、お話をたくさん聞かせていただき、用意してもらった資料などをもとに漫画を描き始めました。
でも「取材で感じたこの思いを、どうしたら伝えられるだろう?」と考えていくうちに、「実際にぬいぐるみと暮らしていらっしゃるご家族のお話を聞いてみたい」という気持ちがどんどん強くなって。そこで、ぬいぐるみ病院さんのご協力を得て取材をさせてもらい、この作品が生まれました。
(『わたしのぬいぐるみさん』より)外で気を張っている人もぬいぐるみに癒やされている
――ぬいぐるみって、昔だと「子どものもの、女性が好むもの」といったイメージでしたが、『わたしのぬいぐるみさん』では大人たちが性別問わず、かけがえのない存在として接しています。それを見て「あ、自由にみんな好きでいいんだな」と感じました。男性も本当はぬいぐるみが好きな方は多いですよね?
こやま:私たちが知らないだけで、そういう方も多いんだと思います。私の友人にも、旦那さんがぬいぐるみ大好き、という人がいて。ただ、取材は恥ずかしがって受けていただけなくて、友人を介してお話を聞かせてもらいました。
この本は、性別が偏らないように、というところは意識して描きました。「ひとりじゃないよ、仲間はたくさんいるよ」ということを、描けたらとてもいいのかなと。
(『わたしのぬいぐるみさん』より)堀口:私も、思ったよりは(男性が病院に)いらっしゃるな、という感覚がありました。ぬいぐるみ好きの方って「優しげで引っ込み思案な方」といったイメージがあると思うんですが、実はキャリアウーマンとか芸能界の方とか、デザイナーさん、芸術家の方など、外で活躍されている活発な方がけっこう多いんです。
(『わたしのぬいぐるみさん』より)男性も競争社会で気を張っている方は多いのだと思います。本当はすごく繊細で、でも外ではそういう面を見せずに頑張っていらっしゃる方が、ぬいぐるみと暮らすことでバランスをとっているのかもしれません。自然体の自分でいられる時間をつくっていらっしゃるのかなと。
(『わたしのぬいぐるみさん』より)
――実際に治療を申し込んで来られる方のうち、男性の割合ってどれくらいでしょう?
堀口:お申込みは奥さまなど女性のお名前を書かれていたりするので、正確にはいえないのですが、感覚的には2~3割はいらっしゃるかなと思っています。
以前、お子さん連れのご夫婦が来院されて。お父さんは最初「そんな、ぬいぐるみなんか入院させて」とクールな感じだったんですが、皮膚移植(新しい布を使用する治療法)の話をしていたら、「それはちょっと色が違うんじゃないか?」って、だんだん熱心になられて。そうしたら奥さまが、「パパが一番○ちゃん(ぬいぐるみの名前)にハマってたもんね」と暴露なさった、なんていうこともありました(笑)。
(『わたしのぬいぐるみさん』より)ぬいぐるみへの思いが、より強く濃くなる理由
――「誰かの不在」を感じるエピソードも多かった印象です。ぬいぐるみが、そういったご家族たちを支えているんですね。
こやま:取材はかなわなかったのですが、いただいた資料のなかには、亡くなったお父さんや、お子さんのエピソードもありました。悲しみは消えないんだけれど、でもそのぬいぐるみの存在が心を癒やしてくれている、という事実にすごく気持ちが動かされて。そこは描けたらいいなと思いました。
堀口:亡くされた奥さまの「分身」として(ぬいぐるみに)接している旦那さまが来院されたこともあります。いっしょに旅行に行かれたりして、心のよりどころにされている。どうしようもないつらさ、悲しみを受け止める存在なんですね。
もうぎりぎり、あと糸一本のようなところで生きている方が、ぬいぐるみさんの存在を頼りに、自分のなかに「生きる意味」を見いだそうとしている。そこに、たくましさのようなものを感じることもあります。
日本古来のアニミズム「万物に命が宿る」といった感覚と、なにか通ずる部分もある気がします。
(『わたしのぬいぐるみさん』より)ぬいぐるみ病院の存在が誰かを力づける
――最後のお話で、こやまさんは「ぬいぐるみ病院のやさしさにふれた人たちは、ぬいぐるみへの思いがより強く濃くなっているように感じました」と書かれていますが、どうしてそうなるんでしょう?
こやま:たとえば、入院中に病院のスタッフの方がご家族と交わすメールの文面が、とても優しいんです。「今日はこんなことしましたよ」とか「お昼寝をしましたよ」とか。そうやって、自分が大切にしているぬいぐるみを、別の誰かが同じように、またはそれ以上に大切にしてくれることを、みなさんとてもうれしく感じて、感動していらっしゃったりします。
(『わたしのぬいぐるみさん』より)『わたしのぬいぐるみさん』(KADOKAWA)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプしますぬいぐるみ病院さんの世界観がとても豊かで深いから、その存在がすごく誰かを力づけ、前向きにしてくれる。すごいことだな、と思います。
堀口:(ぬいぐるみが)入院されるときも、ご家族の方はこれまでの思い出がよみがえって涙を流されることもあるんですが、お迎えのときも涙いっぱいで再会されます。それは、治療の間、離ればなれになることで「これまでどれほど安心を与えてくれていたか」と、その存在の大きさに気付かされたり、ご家族のなかでいろんな変化が起きるからかなと思うんです。
(『わたしのぬいぐるみさん』より)こやま先生もおっしゃったように、自分だけの秘密だったことが、同じように大事にしてくれる人がいたことで、心が解放されるといいますか。「自分らしく生きていってもいいんじゃないか」という「自己ケア」みたいなことにもつながっているのかもしれませんね。
(『わたしのぬいぐるみさん』より)(『わたしのぬいぐるみさん』より)『わたしのぬいぐるみさん』(著)こやまこいこ(協力)ぬいぐるみ病院「ぬいぐるみ健康法人 もふもふ会 ぬいぐるみ病院」鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。