近年企業間で従業員の「エンゲージメント」を向上することへの関心が高まっていますが、具体的にどうすればいいのでしょうか(写真:mits/PIXTA)人手不足が叫ばれる中で、近年企業間で従業員の「エンゲージメント」、すなわち、会社への愛着や思い入れを向上することへの関心が高まっていますが、単に待遇や福利厚生の改善だけではエンゲージメントは向上しません。では具体的にどうすればいいのでしょうか。長年「従業員エンゲージメント」のコンサルティングに従事し、『従業員エンゲージメントの教科書』を上梓した志田貴史氏が解説します。

従業員の「生の声」を拾えない調査

今春闘で大企業を中心に30年ぶりの賃上げが行われようとしています。これは企業のインフレへの対応でもありますが、一方で優秀な人材の定着と採用も視野に入れたものです。では金銭報酬を上げ続ければ、優秀な社員を採用し定着させ、活躍させることができるのか?答えはNOです。金銭報酬は大切なものではありますが、これだけでは不十分です。

そこで必要なのが非金銭報酬。お金ではないけれども、働く人にとって報酬に変わりえるものがいろいろあります。たとえば顧客から感謝される、上司から仕事のがんばりを認めてもらえる。会社の理念に共感し、その達成に関われるなど。このような非金銭報酬を高め、社員に仕事のやりがいや帰属意識を持ってもらおうと、現在多くの会社で検討しているのが、「エンゲージメント」です。

会社がエンゲージメントに取り組む際、最初の1歩が調査の実施になります。エンゲージメントのどこがうまくいっていて、どこが悪いのか、現状を正しくつかむ必要があるからです。実際、弊社でのエンゲージメント調査件数も年々増えており、導入企業は着実に増加しています。

問題は調査をやった後です。弊社でこうした調査の実施後、改善アクションに結び付けられているかアンケートをとると、84%が「アクションに結び付けられていない」という結果になっているのです。背景には、従業員の生の声を調査で収集・分析できていないことがあります。

例えば、某中堅企業の商社でのコンサルティングで、社員の生の声まで収集・分析できる調査を行ったところ、コミュニケーション面での真の課題を特定することができました。それは「現場であいさつが交わされていない」という根本的な問題。特に職位が上位になるほどこの傾向が高いこともわかりました。その後、会社では上司からあいさつや声かけを行う、「リーダーコール運動」を展開するようになりました。

すると翌年の調査ではスコアアップを確認できたと同時に、コミュニケーションが改善したことで、上司の部下へのタイムリーな助言やアドバイスが増え、業績向上も同時に実現したのです。

エンゲージメントを向上するのに必要な「土台」

エンゲージメント向上施策としてコミュニケーションを活性化しようと、さまざまなITツールを導入するような事例、また従業員の待遇や福利厚生の改善などもよく耳にします。

実際こうした企業からこんな相談を受けるケースがあります。「コミュニケーション活性化のためにIT関係の投資をしたが、エンゲージメントが上がった実感がない」「社員の給与アップや休日の増加また福利厚生の改善を行ったのに離職が止まらない」。

こうした施策がエンゲージメント向上にまったく効果がないわけではないですが、現実問題として、このような対策は上滑りしがちです。その原因は、従業員エンゲージメントが向上する「土台」が形成されていないからです。「基礎」ができていないと言ってもよいかもしれません。

土台や基礎作りとして、必要なものがいくつかあります。1つは従業員の「仕事観」を確認することです。仕事観とは、仕事に対する自分なりの価値観や向き合い方をいいます。

例えばA君の仕事観は、「仕事とは、お金を稼ぐための手段でしかない」だとします。このような仕事観では、内発的に動機付けられる要素が低く、また外発的に会社からさまざまな施策でアプローチしようとしても、おそらくあまり響かないでしょう。

一方、B君の仕事観は、「仕事とは、誰かの役に立ち、自分自身も成長することができる尊いもの」だとしたらどうでしょう。仕事や職場で起きるさまざまなことを前向きに捉え、仕事へ建設的に取り組めるという内発的動機づけが容易になります。

社員の「仕事観」を確認するとどうなるか

A君のような仕事観を持っている社員が多いと、会社がさまざまな施策を講じても、従業員エンゲージメントは向上しません。また、そもそも自分の仕事観を持っていない社員が多いという実態もあります。

仕事に対するマインドを建設的にセットし、社員の仕事観を確認していくことが、エンゲージメント向上の土台になっていきます。例えば、離職率が10%台と人材定着に苦労していたある設備工事業の会社は、こうした取り組みを行った結果、離職率1%台まで改善できました。

コロナ禍以降、経営・組織・人事といったカテゴリーでよく使われるようになったキーワードに、「パーパス」という言葉があります。日本語の直訳では、「存在意義」という意味ですが、理念やミッションという言葉が近いでしょう。

エンゲージメントを考えるうえでも、パーパスの存在は根幹となる部分だといえます。従業員は会社という船に乗り込み、航海をすることになります。その船(会社)がどんな理由で、どんな目的地を目指して航海を進めていくのか。そのために大切な価値観や、船員(従業員)に必要な行動は何なのか?これらが明確に示され、浸透させることができないと、エンゲージメントは向上しません。

エンゲージメント向上に必要不可欠なもう1つの土台は、パーパスの浸透です。それを検証するためのものとして、弊社のエンゲージメント調査があります。過去16年間の調査結果を分析すると、スコアが高い上位会社には、ある共通する特性があるのです。それは、パーパスの浸透度が高い会社ほど、比例してエンゲージメントも高いということです。

パーパスが浸透しているとは、どんな状態か?

それでは、パーパスが浸透しているとは、どのような状態を指すのでしょうか?

① 知っている
従業員が会社のパーパスを知っている、暗記している。② 理解している
従業員が会社のパーパスの意味合いや背景を理解している。③ 行動につなげようとしている
従業員が会社のパーパス体系に沿って、仕事をしようとしている。

答えは①ではなく、②でもまだ不十分で、③の状態を指します。エンゲージメントとは、会社への愛着心や貢献心、また仕事への熱意を持たせることです。そのためには、自社のパーパスへの理解や共感がないと雲をつかむような話になってしまいます。

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パーパスを浸透させるための最初の一歩は、採用活動にあります。ここで休みや給与といった労働条件や福利厚生の説明ばかりに終始しているようであれば、エンゲージメントは上がりません。採用の段階からパーパスや価値観・行動指針といった、その会社が最も大切にしている理念の説明を熱く行う必要があるのです。

その内容に理解・共感・納得した人材を採用することができれば、根っこの部分でつながった人材を採用することができますので、入社後のミスマッチも減り、エンゲージメント向上も容易になります。

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