洗面所で固まったまま動かなくなった息子

投稿を寄せてくれたのは、奈良県に住む佐藤まみさん(仮名)です。
息子が生まれてすぐに夫と離婚し、シングルマザーです。

2年前に実家を出て、介護施設の職員として働きながら16歳になる息子と2人で暮らしています。

仕事のため家を空けることも多かった佐藤さん。
同居していた両親に面倒を見てもらうことも多かったと言いますが、休日には息子とよく一緒に出かけて親子の時間を楽しんでいました。

9歳の時の息子

息子がひきこもったのは去年9月、中学3年生のときでした。
朝、なかなかリビングに姿を見せないことを不審に思って探すと、洗面所で固まっていたといいます。

佐藤まみさん
「学校に行く時間になってもそこを動かず、『もうきょうは、学校行かへんねんな?』って聞いたら、ひと言、『うん』と答えました。原因は今もはっきりとはわかりませんが体育教師とうまくいっていないという話は聞いていたので、体育祭の練習に行きたくなかったのかもしれません」

結局、息子はそのあと学校に行くことはなく、部屋にとじこもるようになりました。

児童相談所に相談も…

佐藤さんがつけていた相談の記録です。

息子のSOSをさまざまな機関に発信していました。

最初は、ひきこもる4か月前の5月でした。
突然「修学旅行に行かない」と言って、行事を休んだのです。

突然のことに佐藤さんは困って、児童相談所に電話しました。
息子には発達障害の疑いがあり、子育てについて何度か相談をしていたからでした。

「担当者が不在で、後日折り返します」

そう言って、電話は切れました。

修学旅行が終わると息子はまた学校に通い始めましたが、はじめてのことに不安が募り、児童相談所からの電話を待ちました。

しかし、1か月たっても電話が鳴ることはなかったと言います。
その後、学校や自治体の子育て担当の相談窓口など思いつくところに相談しましたが、結局、望むようなアドバイスは受けられませんでした。

“進学してほしい”その思いが

思うような相談ができないまま息子がひきこもって1か月。
朝、食事のためにリビングには出てくるものの、それ以外は部屋に閉じこもりきりの生活が続きます。

佐藤さんが気になったのは進学です。

このままだと高校に行けないかもしれないと考え、友人のすすめもあり、通信制の高校の入学相談に申し込みます。
ひきこもり状態の子どもへのカウンセリングもあることが決め手でした。

そして去年12月。
カウンセリングも兼ねて、学校の担当者が家に来てくれることになりました。
しかし、面談は佐藤さんが思ったようなものではありませんでした。

佐藤まみさん
「なんとかして息子から、高校に入学する意思を引きだそうとする話ばかりで、全然、カウンセリングという雰囲気ではありませんでした。私が死んだときに息子はどうやって生きていくのだろう、なんとか自立できるようにしてあげないといけないと思っていたので、必死でした」

面談後、息子のイライラが募っているのを感じました。

暴れる息子に “様子見て”

この日を境に、息子は部屋からほとんど出なくなり、聞こえるのは、部屋の壁を殴る音、床を蹴る音、そして、うなり声。
自閉スペクトラムの症状が悪化していました。

一刻も早くこの状態を脱しなければと頼ったのは地元自治体の相談ダイヤルでした。

佐藤さんは、すがる思いで「子どもが暴れて困るんです」と打ち明けました。

すると、返ってきたのは「落ち着くまで様子を見てください」と言う言葉。

佐藤さんは納得がいかず「近所迷惑になります。苦情が来たらここに住めなくなります」と訴えました。

すると担当者は、こう言いました。

「苦情が来たら謝ってください」

佐藤まみさん
「もっと『子どもに対して改善できる何か』を期待して電話したんです。結局、どこに相談しても同じでした」

そして母親は、110番を押した

日増しに悪くなる息子の状況。

ゴミ箱に捨てたティッシュペーパーのしわを1枚1枚伸ばす。
お湯が冷めても気にせず、風呂に3時間つかり続ける。
こうした行動を注意すると、どなり声を上げて暴れる。

佐藤さんは毎日のように泣いていたと言います。

そして、年が明けたことしの1月。
息子の症状はさらに悪化し、家の壁を一日中、叩くようになりました。
そして時折、身のすくむような大きな音で壁を殴りつける音が、部屋中に響き渡ります。

佐藤さんは、息子に恐怖を感じるまでになっていました。

そして、携帯に手をかけ『110』と押しました。

息子は目の前で警察に連れて行かれ、病院で診察を受け、入院することになりました。

佐藤まみさん
「110番することにためらいはなかったです。追い詰められて、もう、『この状況をなんとかしてほしい』という一心でした。そうするしか方法がないと思って、“もう電話しよう”と決めました」

「なぜもっと早く助けてくれなかったのか」

息子はおよそ4か月間の入院後、自宅に戻りましたが、むしろ本格的な昼夜逆転生活が始まり、ぶつかることも増えたと言います。

その後、地元の福祉協議会の職員が派遣されて来ましたが、息子は自室にこもったままで、会えない状況が続いていて、佐藤さんは、行政などの対応に不信感を募らせています。

佐藤まみさん
「面談をしてくれるのであれば、もっと早くに、一番初めに相談した時にしてくれたら、状況は変わったんじゃないかと思うんです。今みたいに引きこもったりしなかったかもしれないと思っています。もっと早くに、息子がもうちょっといろんな人と話ができていた状況の時に、息子に会いに来てくれてたらよかったのになって思うんです。同じことで悩んでいる人っていっぱいいると思うので、そういう人たちが救われるような対策がもっと充実してほしいです」

一方、最近、暴れるなどの症状が落ち着き、少し会話ができるようになった息子から『プログラミングに興味がある』と聞いた佐藤さん。

ひきこもりを抜け出すチャンスだと思いながらも、どのように声をかけるのがいいのか、相談する先はほとんど思い当たらず、悩んでいます。

専門家「家族支援 求められている」

専門家は、当事者だけではなく、孤立を深めているひきこもり当事者の家族への支援は欠かせないと指摘します。

ひきこもりの問題に詳しいジャーナリスト 池上正樹さん
「周囲から責められ、自分が悪かったんじゃないかと罪悪感を抱え込んでいる家族はとても多い。自分を責めるのではなく、まずは自分自身が第三者を通じて、今の状況や感情を理解し、家族と本人の関係を良好なものに改善していくことが最優先になる。それを通してさまざまな情報を当事者に届けられるので、家族支援は今一番求められていると思う」

【ひきこもり当事者の家族の方へ】アンケート&メッセージ募集

体験談や専門家に聞きたいことなど情報をお寄せください。

同じ悩みを持つ家族が、専門家やひきこもりの当事者も交え、一つ一つの悩みに対して語り合う場です。

この対話型の交流会を去年から取り入れているのが江戸川区。
先月の交流会では、家族や専門家、当事者など8人が語り合いました。

対話の中で生まれる新たな考え

20代のひきこもりの息子がいるという女性が、打ち明けました。

20代のひきこもりがいる母親
「家のことをなにもせず、仕事もしないのに、親のお金で趣味の電車をたまに県外まで見に行くんです。イライラが募り、家族全体の雰囲気がとても悪くなっています。お互いのためにも息子が一人で暮らした方がよいのではと思っていますが、支援の制度はあるんでしょうか」

すると、専門家の男性が答えました。

専門家
「制度はありますし、別れて1人で暮らす、生きていくのは選択肢としてはあると思います」

女性が納得したような様子を見せた時、1年前からひきこもり状態だという20代の男性が口を開きました。

20代の当事者男性
「本人とはどのくらいコミュニケーションを取っているんですか?」

20代のひきこもりがいる母親
「一緒にごはんを食べるときにはしゃべります」

その発言を聞いて、ひきこもりの子どもを持つ60代の男性がこう言いました。

30代のひきこもりがいる父親
「家族でテーブルを囲んで食事している。コミュニケーションが取れているのはいいな、と思います。電車を見に行っているということは、外に出ているという意味でプラスに思えませんか?どうしても家族は、できていないこととかうまくいかないこととかの話をして終わっちゃっていますが、うまくいってるところもたくさんありますよね」

すると、口火を切ったひきこもり当時者の20代の男性が続きます。

20代の当事者男性
「僕の通っている当事者の居場所では、同世代みんなで鉄道を見に行ったりとか、写真を撮りに行ったりとか、いろいろなことをしているので、もし興味があれば来てください」

立場を超えて自由に意見を言い合える中で生まれた新しい考え方。

女性は少し驚いた様子で、「ありがとうございます」と答えていました。

区によりますと、交流会に参加を希望する人は回を重ねるごとに増えていると言うことです。

10年間のひきこもり脱出 対話が果たした役割

こうした交流会での学びをきっかけに、長年ひきこもっていた息子が、ひきこもりから脱することができたというケースも出ています。

会に参加していた、千葉県に住む61歳の小林誠さん(仮名)。

交流会でみずから気づいたことを実践し、10年間ひきこもっていた30代の息子が、先月、就職して1人暮らしをはじめました。

息子がひきこもったのは、大学1年生のときでした。
雰囲気になかなかなじめず大学を辞め、ひきこもりがはじまりました。

昼夜逆転の生活で、部屋から全く出てこなくなりました。

慌てた小林さんは、新しい学校や就職先を探すなど熱心に動いたと言いますが、息子が外に出ることはありませんでした。

自分の気持ちをわかろうとしない息子に対して怒りの気持ちもあったものの、当初はあえてなにも言葉をかけないようにしていたと言います。

小林誠さん
「親の気持ちをなんでわかってくれないんだろう、世間の常識をなぜわかってくれないんだろう。息子とコミュニケーションを取らないことによって、“世の中を甘く見るんじゃない”というメッセージが伝わると思った」

息子のことでイライラし、妻とケンカする声もしばしば家に響くようになりました。

100人以上と対話 ヒントを得る

息子をひきこもりから抜け出させるための有効な方法を見いだせないまま9年がたった去年、小林さんは、地元で開かれた対話型の交流会に参加しました。

そこでは、それまで参加していた家族会にあった堅苦しさをほとんど感じませんでした。

小林誠さん
「話をちゃんと聞いてくれる場所があるということですね。疑問に思ったところをみんなお互い口にして、仲間というものを感じられて、そこで学んだことを家に持ち帰って実際にやってみたことがよかったのかなと思っています」

それから小林さんは、こうした対話型の交流会を探しては参加し、対話を重ねた当事者の家族は100人以上になりました。

小林さんは、気がついたことをノートに書きつづり、その数はこの1年で4冊になりました。

ひきこもりは家族のサポートが欠かせない

誰かの役に立つという経験が勇気に

“息子のひきこもりをどうするか”→“息子といい関係を”

小林さんの考えを変えたのは、ひきこもりの当事者と家族とのコミュニケーションに関する本を読み、それを題材に家族会で話したことでした。

集まった人たちと話すうちに、自分も含め、うまくいっていない家族は「子どもをひきもりからどう解消させるか」ということに固執しているのに対して、うまくいっている家族は「家族内のコミュニケーションに気を配っている」という違いがあることに気がつきました。

そこで小林さんは、「息子といい関係を築くにはどうすればいいか」と発想を転換することが大事だと、自分なりの答えを見つけたのです。

気付きを得た小林さんが、息子との接し方で取り組んだことです。

▽冷蔵庫に定期的に息子が好きなお菓子を入れる
▽毎朝、息子の部屋のドアの前で『おはよう』『ただいま』などあいさつをする
▽掃除や片付けなどの時には『手伝ってほしい』と頼る

なによりも大事にしたのは、家の雰囲気を変えることです。

イライラし、つい声をあげてしまっていた妻とのケンカ。

『自分のことでけんかをしている』と息子にプレッシャーを与えていたかもしれないと気付き、妻と楽しいことを見つけ、笑い声や明るい声が部屋に響くようにしました。

「あなたがひきこもっていることを私たちは気にしていない」と暗に伝えるようにしました。

小林誠さん
「本人の“つらい”という気持ちを親が感じること。そして『いつでも家族の一員だ』ということを伝えたかった。彼のことを見放しているのではなくて、見守っているという気持ちです」

ひきこもり脱した息子へ

取り組み初めて半年がたった10月のある日。

玄関の息子の靴を見ると、いつもはつま先がドア側を向いているはずが、反対向きになっていました。

息子が外に出たあかしでした。

しかしそのとき、その場では喜びませんでした。

息子に聞こえるように喜ぶことで、プレッシャーになると考えました。

小林さんは、息子に聞こえないところで、妻と喜びを分かち合いました。

こうして、先月、息子は家から出て行きました。

出て行く前日、息子は小林さんに「仕事が決まったから1人暮らしをする」だけ告げました。

ほっとしましたが、大げさにはせず、いつものように送り出しました。

小林さんに息子さんへの願いを聞くと、少し考えて「ありません」と答えました。

小林誠さん
「彼の人生なので、以前の私のように、どうなってほしいかっていうことはあまり描かないようにしています。そういう親に変わったからこそ、彼が飛び立てたと思っています」

そして小林さんは、息子からの1通のメッセージを見せてくれました。

来年1月13日(月) ひきこもり家族のラジオ特番を放送

家族がひきこもっていることを“恥ずかしい” “他人には話せない”と考える人は少なくありません。

しかし、家族だけで抱え込んでしまうと社会から孤立してしまいます。

今、新たに始まっているのが“対話型”の家族会。悩みも解決方法も千差万別ですが、ひきこもる家族との関わりの中で感じたこと、変わったことを共有することで、「わが家だけではない」「こういう接し方もあるのだ」などとヒントになるといいます。

そんな家族会をラジオでも開催できればと、NHKでは来年1月13日(月)にラジオ特番「わが家の“こもりびと” ひきこもり家族会」を放送します。

【ひきこもり当事者の家族の方へ】アンケート&メッセージ募集

体験談、番組で話してもらいたいこと、専門家に聞きたいことなど情報をお寄せください。

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