小笠原諸島の硫黄島では、太平洋戦争末期の昭和20年2月から3月にかけて、旧日本軍とアメリカ軍の間で激しい戦闘が行われ、双方に多数の犠牲者が出ました。

陸上自衛隊大宮駐屯地に所属する第32普通科連隊は、硫黄島で3月に行われた戦没者の追悼式について、4月5日にSNSに投稿した際、硫黄島を「大東亜戦争最大の激戦地」と表現しました。

日本は戦時中「大東亜戦争」の呼称を使用していましたが、戦後、GHQ=連合国軍総司令部が使用を禁止し、政府は「現在、一般に政府として公文書で使用していない」としています。

4月5日の投稿について、インターネット上では「侵略戦争の正当化につながる」などと、批判するコメントが相次ぎ、部隊は「誤解を招いた」として8日夜に投稿を削除し、該当部分を修正したうえで改めて投稿しました。

陸上自衛隊によりますと、4月5日の投稿は、第32普通科連隊トップの連隊長の決裁を経て行われたということで、「硫黄島が激戦地だった状況を表現するために当時の呼称を用いたもので、そのほかの意図についてはなかったと報告を受けているが、慎重に検討すべきであった。SNSなどで発信する際は、適切な表現で実施していく」としています。

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