旧優生保護法を巡る訴訟で、最高裁大法廷は3日、被害者の前に「時の壁」として立ちはだかってきた除斥期間の適用を認めなかった。被害の深刻さ、不妊手術を適法と主張し続けた国の姿勢を重く捉え、原告に限らず、被害者全員に救済の道を開いた。(太田理英子)

◆国は強制不妊手術を「適法」と言い張ってきた

 「被害者全体を守る理屈を裁判所が必死に考えた結果だと思う。被害回復の動きにつながる」。判決後の記者会見で、原告側弁護団の関哉直人事務局長は声を詰まらせながら語った。  原告たちが手術を強制されたのは半世紀以上前。手術内容を知らなかった人も多く、差別の中で声を上げることは困難だった。判決も、国の「手術は適法」との態度などが、提訴を難しい状況にしたと認めた。  関哉事務局長は「国の政策として差別し、犠牲を強いてきたことを明示した。被害者、家族が声を上げるきっかけになる」と期待を込めた。

◆「著しく正義・公平の理念に反する」と賠償請求権の消滅を認めず

 「驚くほど踏み込んだ画期的判決。現在に至るまでの国の責任を厳しく追及する内容だ」。慶応大の小山剛教授(憲法学)は、判決を高く評価する。

強制不妊起訴の争点と判断

 不法行為から20年で損害賠償請求権が消滅するという除斥期間は法律に明記されているわけでなく、当時の民法の規定を根拠に1989年の最高裁判例で確立した。  過去に最高裁が例外的に適用しなかったのは、殺人事件の被害者遺族が26年間事件の発生を知らなかったケースなど2件のみ。旧法を巡り、これまで原告側が勝訴した各地の地裁や高裁の判決では、この2件を踏まえ、適用の「起算点」をずらすなどして、国に賠償を命じてきた。  しかし、この日の最高裁判決は、除斥期間の適用が「著しく正義・公平の理念に反し、到底容認できない場合」は、適用を求める主張自体が「信義則に反し、または権利の乱用と判断できる」とし、89年判例を変更。時の壁を取り払った。  小山教授は、国が憲法違反の法律を制定し、政策で生じた重大な人権侵害というという特殊性を踏まえ「例外的対応が求められるのは当然。機械的に適用するのは不条理だ」という。  一方で、水俣病などの公害や薬害など長期間たってから被害が分かるケースに救済範囲が広がるかについて「国の積極的関与や人権侵害の度合いなど、今回と同等と言える事案はなかなかない。他の訴訟への影響は不透明だ」と話す。

 除斥期間 法律上の権利を使わないまま過ぎると自動的に消滅するまでの期間。権利関係を速やかに確定する目的があるとされるが、戦後補償や公害訴訟では「時の壁」となってきた。最高裁が除斥期間を認めなかったのは、予防接種の後遺症で寝たきりになり22年間提訴できなかったケースと、殺人事件の遺族が26年間事件発生すら知らなかったケースの2件だけ。2020年施行の改正民法で、権利消滅の期間が先延ばしできる場合がある「時効」に統一されたが、改正前に起きた案件には適用されない。

◆「国は障害者の権利を軽視していることが訴訟であらわに」と識者

 判決は、現在に至る国側の姿勢を厳しく捉え、対応を促した。

旧優生保護法下での不妊手術をめぐり障害のある人らが国に損害賠償を求めた訴訟の判決が言い渡された最高裁大法廷=3日午後(代表撮影)

 2019年4月、被害者への一時金支給法が議員立法でようやく成立したが、「損害賠償責任を前提とせず、一時金320万円にとどまる」と指摘。自治体による当事者への個別通知も行き届いておらず、制度を知らない人も多いとみられ、約2万5000人とされる被害者のうち支給認定を受けたのは約4%(今年5月末時点)にとどまる。法制定時に当時の安倍晋三首相が「反省とおわび」の談話を発表したが、旧法の違憲性に触れず、訴訟でも国側は曖昧な態度を続けた。  旧法に詳しい立命館大副学長の松原洋子教授(生命倫理)は「国は障害者権利条約の批准国として施策を進めながら、個人の尊重、法の下の平等という根本の部分で障害者の権利を軽視していることが訴訟であらわになった」と話す。  政府と国会には「憲法違反との最高裁判断を踏まえ、すみやかに総理大臣による謝罪と国会の謝罪決議をすべきだ」と指摘。被害者も参画しながら補償の法制度を見直し、被害者がアクセスしやすい仕組みづくりも必要だと強調する。


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