偽造マイナンバーカードを使ったとみられる手口でスマートフォンの「乗っ取り」被害が起きた。情報のひも付けミスなどマイナカードを巡るトラブルは相次ぐ中、国会ではカードの個人情報のスマホ搭載や、外国人の在留カードとの一体化を図る法案が審議され、将来的に治安管理に使われないかとの懸念も上がる。市民の不安を残したまま、制度改正が進む。 (山田雄之、宮畑譲)

右上にウサギが描かれたマイナンバーカード(一部画像処理)=東京都千代田区で

◆スマホが突然使えなく

 「私が巻き込まれた犯罪について知ってもらい、皆さまもご注意いただくことを切に願います」。大阪府八尾市の松田憲幸市議(43)は今月6日、自身のホームページ(HP)でこう被害を公表した。  4月30日午後、自身のスマホが突然使えなくなった。契約するソフトバンクの地元店舗に相談すると「名古屋市の店舗で機種変更している」と告げられたという。名古屋の店員と電話で話したところ、松田氏になりすました人物による「スマホ乗っ取り」詐欺の可能性が浮上した。身分証明には偽造されたマイナンバーカードが使われたという。

◆225万円のロレックス購入に使われる

 機種変更後のスマホを使ったネットショッピングで、東京・銀座の時計店から225万円のロレックスの腕時計が購入されたことも後に判明。腕時計は店頭で受け取られていたという。  名古屋の店員から「目視で(偽造とみられる)カードを確認し、不審な点はなかった」と伝えられたという松田氏。「こちら特報部」の取材に「身に覚えがなくて大変驚いたが、振り返ると僕は狙われやすい状況だった」と振り返った。被害前、HPに住所だけでなく生年月日や携帯電話番号を載せていたという。

偽造マイナンバーカードを悪用したとみられる携帯電話の乗っ取りに遭い、高級腕時計を購入されたネットショッピング履歴=松田憲幸・大阪府八尾市議提供

 確かにカード偽造に必要な券面記載の住所、氏名、生年月日、性別と顔写真などの情報は、サイトで公表している議員ならば手に入りやすい。ただ、松田氏は偽サイトに誘導して個人情報を入手する「フィッシング」の手口もあるとし、「誰でも被害に遭う恐れがある」と警鐘を鳴らす。

◆二重チェック、不徹底のケースも

 ソフトバンクによると、松田氏の事例のような偽造マイナカードによる詐欺被害は他にもあるという。「カードなどの確認と本人確認の二重チェックをしているが、一部店舗で運用が不十分なケースがあった。二重チェックの再徹底に加え、新たな確認手法を導入する」とコメントした。  相次ぐ偽造マイナカード被害を受け、河野太郎デジタル相は今月10日の会見で、カードのチェック方法に自ら言及。カード券面の右上に描かれたウサギが傾けば色が変わるなどと紹介。「券面を印刷しただけの偽造カードは本来見破られるはずだ」と強調し、偽造を見破るポイントをまとめた文書を事業者に配ると説明した。

◆いまや国民の74%が保有

 保有枚数が4月末時点で約9238万枚に達し、国民の約74%が持っているマイナンバーカード。普及が進む一方で、総点検の対象となったひも付けミス、公的証明書のコンビニでの誤交付など、トラブルも後を絶たない。  14日昼、日比谷公園でカード偽造の受け止めを聞いてみた。埼玉県草加市の鈴木章さん(70)は「偽造カードのチェックを本当に(携帯電話などの)事業者ができるのか、不安が残る。これからカードの申請を考えていた人はためらってしまうよね」。東京都世田谷区の主婦(75)は今回の問題を受けてマイナカードを持ち歩くのをやめたという。「個人情報を盗まれたくないので、人目に付かないように」と意図を明かした。

「どこまで広がる?マイナンバー制度」と題して開かれた市民団体の集会=東京都内で

◆スマホで本人確認できる仕組みも

 マイナカードに不安の声も上がる中、政府はさらにデータの用途拡大を進めようとしている。  3月に閣議決定されたマイナンバー法などの改正案では、個人情報をスマートフォンに搭載し、カードがなくても同様に本人確認ができる仕組みを設ける内容を盛り込んだ。法案は今月7日に衆院を通過した。  搭載される情報には、既に始まっている電子証明書機能に加え、券面に記載された顔写真や番号も含まれる。デジタル庁は本人確認や住民確認などが「さまざまな行政手続き・民間サービスでも利用可能」とメリットを強調。改正案が議論された4月の衆院特別委員会では、同庁の村上敬亮統括官が「いろんな形で民間ビジネスにも使っていただける余地が増えるということで、ぜひとも進めたい」と意欲を示した。

◆「なりすましの危険性高まる」

 これに対し、今月13日に院内集会を開いた市民団体「共通番号いらないネット」の原田富弘さんは「カード以上にスマホは紛失や盗難のリスクがある。なりすましの危険性も高まる」と不安視する。電子証明書の発行番号はIDとして利用され「個人情報とひも付けていくことで、サービスを使った際の顧客データなどとも結び付いてしまう。規制が不十分なまま利用が広がっている」と話す。  また今国会では、外国人の在留カードにマイナカードを一体化する内容を含む入管難民法改正案も審議されている。外国人の支援をする自由人権協会の旗手明理事は「マイナカードによる確認が必要な場合に、在留資格や出身国、就労制限の有無など、本来必要のない情報まで分かるようになってしまう。それ自体が差別的だ」と批判する。

保険証廃止などについて記者会見で説明する岸田首相を映す街頭の大型ビジョン=名古屋市内で

◆マイナ保険証の普及は低迷

 政府は、病歴や薬剤情報など極めて慎重に扱われるべき個人情報も含まれる「マイナ保険証」の普及にも躍起だ。国内全体の利用率は3月時点で5.47%、国家公務員でも5.73%にもかかわらず、12月には従来の保険証を廃止する方針を変えていない。  5〜7月には「利用促進集中月間」としてマイナ保険証を利用した患者数の増加に応じ、医療機関に最大20万円を支給する。4月には、河野デジタル相が自民党の国会議員に、支援者らがマイナ保険証が使えない医療機関を見つけた場合、政府窓口に連絡するよう求める文書を配布した。  なりふり構わない政府の姿勢。先の原田さんは「税・社会保障・災害対策の3分野に限定するはずだった利用事務が昨年度の法改正で拡大された。政府は否定しているが、マイナ保険証の情報が重要経済安保情報保護法の適性評価など、治安の管理に広がらないだろうか。長い期間でみると不安がある」と懸念する。

◆治療に必要ない個人情報まで提供

 ネットのセキュリティー問題などに取り組む市民団体「JCA‐NET」の小倉利丸代表理事は、マイナ保険証が抱える根本的な問題として「その時の治療などに必ずしも必要のない個人情報まで医療機関に提供することになる。提供する個人情報は必要最低限として、医療サービスを受けられる権利を保障することは基本だ」と強調する。  市民の不安を残したまま、マイナカードの用途は拡大の一途をたどる。小倉氏は現在の法律制度が未来永劫続く保障はなく、個人情報の保護や目的外使用の基準が将来、緩くなるとも限らないと警鐘を鳴らす。  「例えば、治療歴や健康状態などの情報が民間で使えることになれば、就職や転職、昇進の際に利用され、差別につながる可能性も考えられる。人生100年時代で個人情報を考えなくてはいけない。一度出してしまった情報は二度と戻ってはこない」

◆デスクメモ

 マイナンバーカードを保有していない。引っ越しや銀行などの手続きのたびに行政窓口でナンバー入り住民票を交付してもらっている。お互いに面倒ではあるし、電子申請の利便性もポイントの恩恵もこうむっていないが、私の情報がひとり歩きしないで済めばという安心感が少しある。(恭) 

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