宇宙ベンチャーのインターステラテクノロジズ(北海道大樹町)最高経営責任者(CEO)の稲川貴大氏は、同社が2024年7月4日に開催した事業報告会で、低軌道衛星を使ったスマホ直接通信サービスの開発の現状について説明した。最大の特徴は、世界初となる衛星技術を使うことによって、手元にあるスマホが直接、衛星と通信して高速・大容量を実現する点にある。
スマホ直接通信は、例えば米スペースXが衛星通信サービス「スターリンク」において実現すべく、開発を進めている。日本ではKDDIがスペースXとの業務提携を通じて、24年内に国内でサービスを開始する予定だ。
ところが、当初実現できる通信速度は「テキストの送受信程度で、災害時や山間部など(地上の通信インフラがない場所)で最低限の通信需要に応える」(KDDI)のが目的であるという。将来的に音声通話が可能なレベルまで高速化する見通しだが、動画視聴に対応できるかは不透明だ。
スマホが出力できる電波は法律で上限が定められているため、衛星との直接通信で実現可能な速度は、相手までの距離とアンテナの大きさで決まる。スペースXがスマホ直接通信で利用する初代の衛星は、低軌道では最大級となる3〜6メートル程度のアンテナを搭載するが、高度550キロメートルを周回するため、計算上、毎秒数メガビットの速度の実現は難しいという。
インターステラテクノロジズは現在、低軌道へ最大800キログラムの衛星投入能力を持つロケット「ZERO」の開発を進めており、24年度以降の打ち上げを目指している。稲川氏は、ロケット技術を保有し、タイムリーに衛星を打ち上げることができる垂直統合ビジネスの強みを生かせるのが同社の衛星事業だとした。手本となるのはもちろん、ロケットの打ち上げ、そして衛星通信サービスで他を圧倒するスペースXである。
ちなみにインターステラテクノロジズは、スマホ直接通信を含めた衛星を活用したサービス全体のブランドを「Our Stars」と命名している。
数千機で数十メートル級のアンテナ構成
インターステラテクノロジズのスマホ直接通信サービスは、超小型衛星のコンステレーション(多数の衛星を連携させて一体運用するシステム)と、「フォーメーションフライト(編隊飛行)」という世界初の衛星技術によって実現する。これまでスマホとの直接通信では、衛星に搭載するアンテナを大型化することによって高速化するという発想が主流だった。フォーメーションフライトでは、アンテナを搭載した多数の超小型衛星が軌道上で集まって1つの大型アンテナを形成する。
同社によれば、スターリンクで1機の衛星に相当する1ユニットを数千機の超小型衛星のフォーメーションフライトで構成し、「数十メートル級のアンテナを実現する」(稲川氏)。さらに、日本など1つのエリアで途切れなく通信ができるようにするには、200〜300ユニットのコンステレーションが必要で、スターリンクのように世界全体をカバーするとなると、数千〜1万ものユニットが必要になるという。
現在は、実現に必要な通信技術と飛行制御技術の基礎研究を行っている段階だ。前者は、隊列を成す衛星群を1つのアンテナとして、そこから地上の端末に向けてマルチビームを出す通信技術で、総務省の24年度の委託研究に採択された。研究開発課題は「低軌道衛星と地上端末直接通信における周波数共用を可能とするナローマルチビーム形成技術の研究開発」で、大阪大学、東京工業大学など5大学との共同研究である。
後者の飛行制御技術に関しては、隊列に関する数値シミュレーションや物理モデルを使った隊列制御の実験をしている。フォーメーションフライトではロケットから放出された超小型衛星が、搭載する電磁石の磁力で集まって1つのアンテナを形成することを想定しているが、その飛行制御に関するものである。宇宙の低重力環境を想定してエアーホッケーのような滑りやすい台の上に電磁石を搭載した物体を置き、電流をオン・オフして定位置に来るよう制御したり、近づけたり、遠ざけたりする実験である。
このスマホ直接通信は、世界で誰も実現したことのない壮大な構想だけに、技術開発だけでなく、巨額の資金調達や通信事業者との連携など、実現に向けたチャレンジは数多くある。しかし、稲川氏は「実現は10〜20年先の話ではない。できれば数年でビジネスに持って行きたい」と抱負を語る。
(日経クロステック/日経エレクトロニクス 内田泰)
[日経クロステック 2024年7月12日付の記事を再構成]
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