過度な食欲を抑制する「GLP-1受容体作動薬」という種類の肥満症薬が世界各国で大ヒットしている。その筆頭はデンマークの製薬大手ノボノルディスクの「セマグルチド(商品名ウゴービ)」だ。この薬が脳に働きかける詳しいしくみの解明が進むにつれ、様々な依存症の根底に共通のしくみが関わる様子が見えてきた。酒やタバコなど幅広い依存症の治療にこの薬が有効な可能性があり、新たな研究が始まっている。
GLP-1は食物摂取に応じて腸で分泌される多くの重要なホルモンの1つ。体内において確実に2つの役割を担っている。膵臓にインスリンを分泌させるシグナルを送ることと,脳に満腹感や食物摂取に影響するシグナルを伝えることだ。腸で放出されたGLP-1は脳と連絡をとるために,迷走神経(腸や他の臓器から脳幹にシグナルを送る長い脳神経)に結合する。脳幹に到達すると,ニューロンは脳の様々な領域を活性化する。それには満腹を感じさせたり,食べるのを止めさせたりする領域も含まれる。また,GLP-1は脳幹のニューロンからも分泌されることがわかっている。GLP-1は腸でも脳でも同じ役割を果たしていることを示す科学的証拠があるが,その方法は異なる(Graphic by Now Medical Studios)

GLP-1は腸で分泌され、脳に満腹シグナルを伝えるホルモンだ。この物質は不安定で1〜2分程度で分解される。効果が長持ちするよう、安定な構造に変えたのがGLP-1受容体作動薬だ。

腸から発せられた満腹のシグナルは、まず脳幹の孤束核(こそくかく)という部位に送られる。孤束核は自らGLP-1を分泌し、脳の様々な領域に働きかける。その結果、「もっと食べたい」という欲求や衝動的な摂食行動に関わる脳領域が効果的にシャットダウンされる。

この薬を使用する人が増えてくると、その中には食欲だけでなくアルコールやニコチン、薬物、ネットショッピング、爪を噛むなど、それまでやめられなかった様々な欲求が減ったと感じる人がいることが報告された。

ペンシルベニア州立大学医学部の神経科学者で依存症が専門のグリグソン(Patricia Sue Grigson)は、動機づけと快楽に関わる化学物質のドーパミンを産生するニューロンが側坐核(そくざかく)につながっていると説明する。側坐核は報酬を感じるのに重要な部位で、ここにもGLP-1が結合する。動物実験では、甘いものを食べた後や、コカインやオピオイドといった薬物を投与された後にはドーパミンの放出がピークに達する。「だがGLP-1受容体作動薬が存在すると、かなり抑制される」とグリグソンは言う。「これらの報酬を与えてもピークが生じない」

グリグソンは最近終了した臨床試験で、オピオイド依存症の治療中の患者を対象にGLP-1受容体作動薬を毎日注射し安全性と有効性を調べた。結果は未発表だが、オピオイドに対する欲求が約40%減ったという。ノボノルディスクも5月に、今後この薬を肝障害の治療薬として臨床試験し、アルコール摂取への影響を調べると発表した。依存症治療の可能性を探るため、GLP-1受容体作動薬の効果に注目する研究者は増えている。

様々な依存症へのこの薬の効果はまだ研究段階だが、GLP-1受容体作動薬の知見は治療の難しい様々な依存症の解決にヒントをもたらしてくれそうだ。

詳細は7月25日発売の日経サイエンス2024年9月号に掲載

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