瀬戸内海に面した高松港の一角で工事のつち音が響き渡る。香川県立アリーナ「あなぶきアリーナ香川」(高松市)の建設現場だ。大林組などの共同企業体(JV)が25年春のオープンに向けて作業の真っ最中だ。
最大1万人を収容する中四国で最大規模のアリーナ建設に一役買うのが17年設立のホロラボ(東京・品川)の技術だ。複雑な3次元モデルをスマホやタブレットなど様々な端末で表示させることが得意で、建設業や製造業向けのソフト「mixpace(ミクスペース)」を提供する。
あなぶきアリーナ香川の工事でも、ミクスペースを基に開発したソフトを使う。鉄骨部材にタブレットをかざすと、鉄骨の設計図の3次元CG(コンピューターグラフィックス)が画面上で重ね合い、設計図通りに鉄骨が製作されているかが一目で分かる。鉄骨部材の点数は万単位に及ぶ。従来は目視チェックする膨大な手間が発生していた。同社JVの現場所長は「全ての部材を間違えずに取り付けられるのでやり直しが生じない」と満足げだ。
ホロラボの中村薫最高経営責任者(CEO)は「3次元モデルに関する開発のあらゆる工程を一貫して手掛けられるのが強み」と胸を張る。
建築事務所大手の日建設計とも連携し、米アップルが開発した「Vision Pro(ビジョンプロ)」を使いバーチャルの建築模型を実在するかのように体感できるアプリを開発した。
スマホに3DCG 街歩きの催し演出
ホロラボの技術は消費者向けのサービスにも役立つ。23年12月に品川駅前で開催された街歩きイベントでは、NTTアーバンソリューションズなど4社がイルミネーションと連動する仮想空間上のアートを企画。ホロラボが制作した。参加者がビル街にスマホをかざすと現実世界上に重ね合わされる演出を支える。
千葉県市川市の京葉ジャンクション。近くでは26年3月の完成を目指して東京外環自動車道と京葉道路をつなぐ全長230メートルのランプの工事が進む。実際に訪ねると、思いのほか人影が少ない。クラウド監視カメラシステムを手掛けるセーフィーの技術が生きる。
清水建設は「2024年問題」も見据え、以前から建設現場へのICT(情報通信)機器の導入を推進していた。ここでは21年にセーフィーのカメラを導入した。
工事現場には7台の定点カメラを設置。高所部に取り付けたカメラは掘削中の開削部分を上から見守る。掘削中の地下には可搬型の小型カメラを置く。各カメラから集まった情報は事務所で一括してチェックしている。
「以前は頻繁な巡回や作業員に都度電話して状況の確認が必要だった。今は事務所でリアルタイムに最新状況が分かる」。この現場のトップとして昼夜で総勢約90人を指揮する清水建設の西田有佑現場代理人は語る。
建設現場は予期せぬ事態の連続だ。掘った開口部の土砂が崩れることや、地下水が湧き出てくることもある。いち早く異変を察知するため現場に人員の配置や、1時間内に巡回するといった対応を減らせた。
映像クラウドで「109」の混雑可視化
セーフィーの技術活用は建設業だけにとどまらない。22年に人工知能(AI)を搭載して人流分析などに活用するカメラ「セーフィー・ワン」を発売した。撮影画像をAIで分析することで来店人数や店内の滞留率などを可視化して店舗運営の効率化に役立てる。埼玉県地盤のスーパー、ベルクのほか、ファッションビル「SHIBUYA109」(東京・渋谷)内のテナントなど数千社で導入や活用が進む。
建築スタートアップのVUILD(ヴィルド、川崎市)は、施主が設計や施工の一部に関与する「セルフビルド」建築を志向している。このほど栃木県那須塩原市に木造の平屋を建てた。注文主は地元の住民やその知人ら。ヴィルドのような専門家集団と施主の家族や友人らが協力してわずか31日で完成させた。通常の注文住宅と比べて3分の1程度に短縮した。
ヴィルドが開発したシステム「EMARF(エマーフ)」は木製品の設計からパーツに加工するまでのプロセスをデジタル化した。設計者自身がエマーフにデータを打ち込むと、部材のレイアウトを合板上で最も密になるように自動で組み合わせてくれる。そして製板所によって異なる加工と合板単価を計算し見積もりが算出できる。加工は同社が事実上独占輸入するコスパ重視のCNC(数値制御)装置「ショップボット」で行う。
秋吉浩気CEOは「エマーフでは予算に合わせて都度レイアウトを変更でき、見積もりが算出できるためコスト調整が容易になる」と説明。一般のCNC装置と比較すると、ショップボットは時間やコストをかけずに多品種を小ロットで作れる。独自性の高い商品を安価で販売できる。
セルフビルドに憧れる人は多い。ただかかる時間や手間から敷居が高い。ヴィルドは専門知識のない施主が低コストで建築に関わるという建設プロセスの革新を目指し、お金や時間をかけずに家を自分も関わって作りたいという需要に応える。
カインズ、家具部材の加工を効率化
ホームセンター大手のカインズは23年10月、ヴィルドのショップボットなどを使った受注生産方式の家具販売を始めた。オンラインや店舗で顧客から受注すると、東京都町田市やさいたま市の店舗で合板を加工して家具の部材を作り、顧客に発送する。最終的な組み立ては顧客自身が行う。
オンラインストアには収納棚が付いた椅子や猫の寝床など、異なるサイズも含めて70点以上の商品が並ぶ。丸みを帯びた形状や猫を模したデザインのくりぬきが特徴的だ。「大量生産を前提としないニッチな商品や特徴あるデザインも取り扱える上、職人技が求められる複雑な加工が速くできる」(カインズ)。ヴィルドはエマーフの活用も売り込む。
職人の高齢化などで人手不足はより深刻になる。注文主が施工や組み立ての一部に関わることで、職人にはより難しい作業に集中してもらう。
残業規制、仕事のあり方も変える建設業界の場合、1カ月以内の残業時間を100時間未満とし、2〜6カ月平均で80時間以内、1年間でも720時間を上限とする。18年公布の「働き方改革関連法」に伴いほとんどの産業で大企業は19年から、中小企業も20年から残業規制が始まっていたが建設業は対象外だった。
国土交通省の調べでは19年時点の産業別の労働生産性で、建設業は1人1時間あたりの労働生産額は2875円と全産業平均(4952円)を下回った。卸売・小売業も(4123円)と低い。いずれも人手に頼る労働集約型の産業でデジタルトランスフォーメーション(DX)の遅れが指摘される産業だ。
残業規制はこうした現状を変えるきっかけにもなる。小売業では新型コロナウイルス禍で「非対面・非接触」のニーズもあり、セルフレジといった省人化や、オンラインでの注文・決済といったデジタル化が急速に進んだ。「リテールテック」も広がった。
24年は働き方だけでなく、仕事のあり方そのものが変わった潮目の一年と記録される年となるかもしれない。(橋本剛志、伊藤陽萌、古川慶一)
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