キリンは長い首を進化させたことで、草原でいち早く捕食者を見つけやすくなるとともに、食料となる葉を得やすくなったと考えられる。一方、高い位置にある脳まで血液を押し上げるため、心臓には拍動のたびに強い負荷がかかる。長い首の分だけ心臓にかかる圧力が高くなって血圧は上昇し、人間なら医師から厳しく指導されるような高血圧になってしまう。高血圧に耐えるキリンの「強心臓」の秘密はどこにあるのか。最近のゲノム研究からその手がかりが得られている。
キリンは高血圧に耐える「強心臓」の持ち主だ (Michel and Christine Denis-Huot/Biosphoto/Minden Pictures)

人間の場合、高血圧は心臓に障害を引き起こすことがよくある。心臓のような筋肉が強く働きすぎると、筋肉が肥大して硬くなる線維化が起きる。心臓の線維化は徐々に心臓にダメージを与えるだけではなく、運動能力を鈍らせる。キリンは健康な人間よりも血圧が高いにもかかわらず、大きな心臓を線維化することなく維持し、ライオンから逃れられるくらいのスピードで疾走できる。

中国西安の西北工業大学のリウ・チャンらは、ここ数年でキリンや近縁動物のオカピなどを解析し、高精度のゲノム情報を公開した。彼らはキリンのゲノムに他の種には見られない特徴的な変異を発見した。変異のあった遺伝子の1つ「FGFRL1」は、人間では心不全にもつながる高血圧に関係している。

そこで研究チームは、2つのマウスの集団にホルモン剤を注入して血圧を上げて、その反応を調べた。最初の集団は野生型、つまりFGFRL1を含めたすべての遺伝子がマウスのものだ。もう一方はCRISPRというゲノム編集技術でFGFRL1の配列をキリンのものに変えた。

血圧を上昇させるホルモン剤を28日間投与したところ、野生型マウスの心臓には高血圧で心不全を起こした人間によく見られる線維化が多く認められた。これに対しキリンのFGFRL1を持つマウスの心臓は線維化がほとんど見られなかった。キリンは独自の能力を進化させて、危険な心臓の線維化をある程度抑制していると考えられる。

このように人間を悩ます重大な健康問題の多くは、他の種ではすでに問題ではなくなっている場合がある。解決策は地球で共に暮らす動物たちの中にある。私たち人間は頭がよいかもしれないが、自然はもっと賢い。進化論をとなえたダーウィンも述べているように、進化による問題解決能力は「人間のたかが知れた努力に比べて、とてつもなく優れている」。他の動物の進化から学べば、人間の健康問題を解消するヒントが見つかるかもしれない。

詳細は5月24日発売の日経サイエンス2024年7月号に掲載

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