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 SNSでの誹謗中傷が溢れる中、発信者の特定を求める「開示請求」も去年に比べて2倍に増えた。その大半が弁護士に頼らない「本人訴訟」だ。本人訴訟とは、弁護士など代理人を立てず、当事者本人が相手を訴えること。その件数は年間、7万件以上にもなるという。勤務先に未払いの残業代を求めて自分で裁判を起こした人は、弁護士に依頼するとその都度15万円かかってしまうことから、本人訴訟を決断。あれこれ調べて裁判に臨んだ結果、法律の素人ながら430万円の和解という、実質的な大勝利となった。

【映像】素人で勝てる?本人訴訟 VS弁護士の勝率

 裁判によって得られる金額が、弁護士に払う費用より少なければ、確かに本人訴訟にした方がコスト軽減になり、メリットも大きそうだ。ただ現役弁護士からすれば「自分の裁判には他の弁護士を頼む」のが常識というくらい、弁護士なしの裁判は負担が大きいという。『ABEMA Prime』では、弁護士の深澤諭史氏、本人訴訟で勝訴した経験があるお笑い芸人・元国税職員のさんきゅう倉田を招き、本人訴訟のメリット・デメリットを議論した。

■昨年度は7万8650件もあった本人訴訟

 2023年度、地方裁判所で行われた通常訴訟(第一審)のうち、7万8650件が本人訴訟だという。重罪事件や未成年だと本人訴訟は認められないが、民事であれば基本的に制限はない。深澤氏は「インターネット事件では、結構本人訴訟が増えている印象だ」とした。

 さんきゅう倉田は、アパートを転居する際、敷金が戻ってこないことに対して、本人で訴訟を起こし、相手も弁護士をつけていなかった。「弁護士に相談すると、敷金が5万円なので(弁護士費用が)絶対にそれを上回ると思った。自分でやるしかないと考えて、自分の投入する時間と、これぐらい返ってくるかなという金額を計算して、費用対効果を考えてやることにした」。まるで法律の知識はなく、図書館で本を3冊借りて勉強。費用対効果としては「時給にしたら3000円ぐらいだった」。

 実際に1人で法廷に立ち、裁判に臨んでどんなことを感じたか。「僕にとっての被告は、僕のお金を取る悪い人だった。悪い人を懲らしめてくれる、正義に適った判断をしてくれると思ったが、裁判官は黙っていたら何もしてくれない。こっちの主張とか立証を正しいかどうか判断するだけの人。別に僕の味方ではないというのが分かった」と述べた。裁判官からは、しきりに和解を勧められたが、さんきゅう倉田はこれに応じず、判決では3万5000円を得る勝訴になった。

■本人訴訟、今後も増える?

 さんきゅう倉田のケースは勝訴に終わったが、本人訴訟は今後も増えていくものなのか。元明石市長で弁護士の泉房穂氏は「本人訴訟をもっとできるようにしたらいいと思う」とういう推進派だ。「今の法律は難しすぎるし、裁判所も不親切。子どもの養育費を取る時に、月3万、5万のために裁判ができるのか。海外だと、ドイツやフランスは法律上、絶対に弁護士をつけないといけない。ただその代わり、ドイツは弁護士の費用は一応決まっている。勝ったら相手が弁護士の費用を払うので、自腹を切らなくても全額返ってくる」と述べた。

 デメリットもある。やはり法律の素人が、単身で専門家である弁護士と渡り合うのは、非常に難しい。深澤氏は「一番は本当に自分のことなので冷静に判断ができないということ。私たち弁護士も、自分が裁判の当事者になったら、確実に他の弁護士を頼む。特に先ほどの話で、自分で言わないと裁判官がやってくれないというが、これは『当事者主義』とか、あるいは『弁論主義』という。裁判は自己責任で、主張するとか証拠とか、全部本人の責任にしようという考えがある。逆に裁判所がいろいろこういう証拠を出せと言うと、公平ではないと思われる。公平らしさは裁判では大事で、そこが損なわれる」と、味方がいない状態で争うことのタフさを伝えた。

 また、「裁判で裁かれているというのは原告・被告ではない。『訴訟物』と言って、請求している権利義務だ。あとは『紛争の渦中にいると判断力を奪われる』。これは本当にそうだ。判断力がどんどん削られて、どんなに賢い方でもおかしなことを言い出すことが結構ある」とリスクを説明。実際、原告から見た裁判の勝率では、本人VS弁護士なら勝率32.4%、逆に弁護士VS本人なら91.2%と大差がある。なお本人VS本人(67.0%)、弁護士VS弁護士(67.3%)と、ここにはほとんど差がない。

■裁判以外の選択肢は?

 コストのメリットはあれど、勝率が低いというデメリットがあれば、なかなか本人訴訟も進まない。泉氏は「素人であろうがプロであろうが、ちゃんと結論として同じになるのが本来の姿。日本の場合は極端に詳しい弁護士が得をするような制度になってしまっているが、それは違うと思う。ちなみに明石市では弁護士を10人以上採用する。その弁護士が家庭訪問をしてちゃんと相談に応じる。訴状を書くのもちゃんと手伝う。弁護士にお金を払わなくても、裁判ができるように手伝っている」と例を出した。

 これに深澤氏は「公費でやるということは、弁護士が国家に雇われるということ。そうなってくると、独立はどこまで維持できるかという問題がある。確かに公費でやるのは一番シンプルで良い手段だ。ただ、それで弁護士の独立性が保てない」と課題を指摘。その上で「確かにお金がない人の問題がある。これについては今かなり不十分ではあるが、法テラスやそういう制度もある。さらに裁判という方法にこだわる必要はない。つまり裁判は最後の手段だ。ADR(Alternative Dispute Resolution)裁判外紛争解決手続がある。法務大臣の認証をとると、民営の裁判所が作れる制度だ。お互いの同意が必要で、話し合いを仲裁して、同意したことには強制執行も可能な判決に似たような効力を与えるという制度」と紹介。「アメリカではこの制度がかなりよく使われている。フリーマーケットなど、いわゆる個人間のオンライン取引は本当に数千円とかなので弁護士を立てられない。そういった場合にはADRの仲裁機関が返品を認めなさい、などとやっている」と述べた。 (『ABEMA Prime』より)

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