客による理不尽な要求や暴力的行為など「カスタマーハラスメント(カスハラ)」について考える2回連載。前編では民間企業の問合せ窓口などでカスハラに苦しむ労働者の実態を紹介した。 後編は東京23区のある自治体が舞台だ。公共事業を巡る住民側とのやりとりについて、区側が「一般論」との断りを入れつつも、議会答弁で「カスハラ」という言葉を用いる場面があった。「区民にカスハラのレッテルを張るのか」などと批判が上がり、住民側も「活動の萎縮につながりかねない」と危惧する。ただ、区側にも言い分があるようだ。 利用者や住民による切実な訴えとカスハラとの境界線はどこにあるのか。役所と住民の関係はどうあるべきなのだろうか。現場で起きたことを伝えたい。(三宅千智)
カスタマーハラスメント customer(顧客)とharassment(嫌がらせ)を組み合わせた造語。顧客や取引先などが立場を利用して企業・従業員に過度な要求をしたり暴言を吐いたりする迷惑行為を指す。厚生労働省は2022年、企業向けの対策マニュアルを作成。東京都の小池百合子知事は2024年2月の都議会定例会の施政方針演説で、「東京ならではのルール作りが強く求められている」とし、都独自にカスハラ防止条例を制定する考えを表明した。都によると、カスハラ防止に特化した条例は全国初。罰則のない理念条例となる方向。
◆区側が議会で「カスハラ」言及…なにが起きていた?
発端は、区立小学校の改築計画を巡り、役所が昨年10月に2回開いた住民説明会だった。計画の見直しを求める住民たちの質問や要望は途切れることなく、うち1回は午後11時半までの9時間にわたった。 2カ月後の昨年12月、区議会委員会でこの説明会が取り上げられた。説明会の再度の開催を求める陳情を住民が提出し、議題となったためだ。 委員からは、説明会が深夜まで及んだことについて「これだけ長い時間拘束をするというのは普通じゃない」「場合によってはパワハラとかカスハラにもなるご時世の中でやり過ぎはよくない」という見方から、「自分から出向いて、いろんな意見を言ってくださる区民がいるということを誇りに思うべきだ」など、さまざまな声が上がった。 この流れの中で区幹部が「我々とはちょっと別のところですけども、東京都では公務員に対するカスタマーハラスメント防止検討等、そういう検討も始めているという情報もあったりします」と発言した。委員会の議事録の一部
これを受けてある委員が「区は説明会をカスハラと捉えているのか」と質問すると、区側は「あくまで世間一般の話」と釈明した。別の委員は「カスハラのレッテルを区民につけかねない。本当に危惧している」と強く批判した。◆再度の説明会を拒んだ区側、意見を言い尽くせなかった住民側
区側は、住民説明会を20回にわたり開いている上、昨年10月の説明会も職員の終電がなくなるところまで意見交換を続けるなど、対応は十分に行っているという姿勢だ。区の担当者は「組織の代弁者として説明を尽くしてきた。見解の相違があり、これ以上時間をかけても進展があると思えない」とする。 一方、この説明会に参加したという委員の1人は「同じ人がずっと同じ意見を言うような場ではなく、さまざまな質問が出されていた」と指摘。長時間になったのは「日にちを改めるつもりはないという区の姿勢が貫かれたからだ」と区の対応を疑問視した。 陳情は賛否同数となり、委員長裁決の結果、不採択となった。◆住民の抗議を「ハラスメント」とされたら萎縮してしまう
区議会で「カスハラ」に言及した区側の姿勢は、区民の目にどう映ったのか。 陳情を出した男性(75)は「私たちの抗議を区はハラスメントとみるのかと悔しかった」と憤る。「時間を延ばすことを目的に嫌がらせでやっていたわけではないし、相手が公務員なら何を言っても良いとも思っていない。なのに『ハラスメントだ』とにおわせられると、萎縮してしまう。これが通ってしまえば、今後あちこちで同じようなことが起きるのではないか」と話した。 あらためて区側に聞くと、担当者は「説明会をカスハラと言ったわけではない」とした上で「結果として長時間拘束の状況になったということは事実。納得していない方に対して説明をすることについても、心労が伴うというところもあった」と述べた。◆公務員も半分近くは「悪質クレーム受けた」
住民からの暴言、不当な要求などの被害は、民間にとどまらず、多くの自治体で実際に起きている。 全日本自治団体労働組合(自治労)が2020年、自治体の職員約1万4000人に行った調査では「過去3年間で迷惑行為や悪質クレームを受けた」は46%に上った。被害を受けた職員には「出勤が憂鬱になった」(57%)、「眠れなくなった」(21%)などの深刻な影響が出ている。 「バカ」「あほ」「録音して公開するぞ」。都内の40代の公務員男性は、新型コロナウイルスの対応部門に従事した数年間、電話口で住民から何度も乱暴な言葉を浴びせられた。ワクチン接種を危険視する人から「あなたたちはなぜそういうことについて勉強しないのか」と詰められたこともある。 男性は「業務なので対応せざるを得ないというところもあるが、われわれも人間。心をえぐられるようなことを言われ、電話に出るのが怖くなったこともある」と明かす。◆「ハラ」ほのめかす区の対応に違和感、他にやりようあった
細川良教授
青山学院大の細川良教授(労働法)の話 住民説明会が長時間にわたったことをもって「ハラスメント」だとほのめかす区側の対応には違和感がある。今回のケースでは、ある程度長時間に及んだ時点で、別の日に、より地位の高い責任者による説明の機会を設けるなどして、住民の理解を得て説明会をいったん打ち切る工夫も検討できたのではないか。 2020年施行の改正労働施策総合推進法に伴う指針では、使用者側に対して、カスタマーハラスメントに対応するための「雇用管理上の措置」を講じるように求めている。もちろん、行きすぎた言動や人格侵害の発言に対して「ハラスメントに該当する可能性がある」と注意喚起すること自体は否定されるものではない。だが、とるべき雇用管理上の措置について十分に検討することなく、住民側の問題だけに帰着して処理しようとするのは本質的な解決にはつながらず、適切とは言い難い。カスハラ連載<前編>はこちら
「殺すぞコラ」「火をつけてやる」…こんなお客様は神様ではない カスハラから従業員を守るルール作りが進む
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