“紀州のドン・ファン”と呼ばれた資産家の男性を殺害したとして、元妻が殺人などの罪に問われた裁判で、和歌山地方裁判所は12日、「殺害したとするには合理的疑いが残る」として、検察の無期懲役の求刑に対し、無罪の判決を言い渡しました。
■判決の瞬間 被告が涙
この記事の写真黒のスーツに薄ピンク色のシャツ、いつも通りの服装で法廷に現れた須藤早貴被告(28)。証言台で判決を聞くと、まぶたを押さえ、涙を流し始めました。
2018年、和歌山県田辺市で“紀州のドン・ファン”と呼ばれた資産家・野崎幸助さん(当時77)が自宅で死亡しているのが見つかりました。死因は急性覚醒剤中毒とされ、警察は殺人事件として捜査しますが長期化。野崎さんと覚醒剤を結びつけるものは全くなく“パケ”と呼ばれる覚醒剤の入れ物も見つかりませんでした。
その3年後、野崎さんに覚醒剤を摂取させて殺害したとして逮捕・起訴されたのが、50歳以上年下の元妻・須藤被告。直接証拠がないなか、当日に長時間2人きりでいたことや、密売人と接触していたことなど、捜査機関が数々の状況証拠を積み上げた結果でした。
動機として挙げられたのは、須藤被告が当時、野崎さんから離婚を求められていて、遺産や月々の手当てを受け取れなくなるからというもの。しかし、須藤被告は無罪を訴え続けていました。
次のページは
■覚醒剤“氷砂糖の可能性”排除できず今年9月に始まった22回に及ぶ裁判で、最大の争点になっていたのが覚醒剤について。検察側は、須藤被告がネットで探した密売人に覚醒剤を注文し、それを何らかの方法で野崎さんに摂取させたと主張。検察側の証人として2人の密売人が証言台に立っています。
密売人 「須藤被告から現金10万〜12万円を受け取り、4〜5グラムの覚醒剤を渡した。ティッシュに包んでパケに入れて封筒に入れていた」密売人の1人は野崎さんが亡くなる約1カ月半前に、田辺市の自宅近くで須藤被告に覚醒剤を売り渡したと証言。その際、須藤被告は「夫に知られないようにしている」と話したといいます。
しかし、もう1人の密売人の証言とは食い違っています。須藤被告に渡った覚醒剤は氷砂糖だったと語ったのです。
当の須藤被告は、密売人と接触した理由についてこう話しています。
弁護側 「(野崎)社長からはなんと言われましたか」 須藤被告 「『覚醒剤でも買ってきてよ』と言われました。冗談だと思って『お金くれたらいいよ』と言ったら、社長が20万円渡してきました」覚醒剤を入手しようとしたことは認めたものの、あくまでも野崎さんから頼まれたからだと供述。判決ではこうした点について…。
福島恵子裁判長 「野崎さんが覚醒剤と関わりがあるわけでもない須藤被告に突然、覚醒剤の入手を依頼するとは考え難い」須藤被告の供述は信用できず、野崎さんから受け取った20万円は和歌山での新生活のための費用だったと認定。一方で…。
福島恵子裁判長 「須藤被告が覚醒剤を注文したことまでは認めることができるが、氷砂糖であった可能性も否定できない。本物の覚醒剤を入手したとまでは認められない」覚醒剤は野崎さんを殺害した凶器にあたると検察側は訴えていました。しかし、須藤被告がその凶器を入手していたとは言い切れないとしました。
次のページは
■状況証拠「殺害推認とは言えない」他にも事件前に須藤被告が「完全犯罪」「覚醒剤 過剰摂取」などと検索していたことも、検察側は状況証拠の1つだとしていましたが、殺害を計画していたことを推認させる行動とは言えないとして、その主張を認めませんでした。
ではなぜ、野崎さんは致死量以上の覚醒剤を摂取し、亡くなったのか。判決では一つの可能性に言及しています。
野崎さんの知人 「『覚醒剤やってるで。へへへ』と言っていました」証人として出廷した野崎さんの知人女性が、野崎さんから聞いたという言葉です。判決では、野崎さんが覚醒剤を常用していたとは考えられないとしながらも、この言葉を冗談とは言い切れず、覚醒剤の薬理効果に関心を抱き、自ら入手していた可能性も否定できないとしました。
福島恵子裁判長 「須藤被告以外による他殺の可能性や自殺の可能性はないといえるが、初めて覚醒剤を使用する野崎さんが誤って致死量以上の覚醒剤を一度に摂取した可能性も完全に否定することはできない」次のページは
■裁判員が会見「すごく苦労した」判決言い渡し後、裁判員の1人が取材に応じました。
裁判員 「証人の数も多いですし、証拠の数も多いので、それをすべて吟味したうえで判決を出すのはすごく苦労した」この裁判員は「直接証拠がなく、一部を切り取って有罪無罪を決めてはいけない」と考え、慎重に判断したとしています。
判決を受け、かつて野崎さんの会社で働いていた従業員は…。
元従業員 「驚いたというより、僕にきょうはずっと電話鳴りっぱなし。『おい無罪やー』て。まだ控訴もあるし、色んなことあると思うので、検察官がどう判断するか」和歌山地検は判決を受け「今後について、判決文の内容を精査し、適切に対応したい」としています。
次のページは
■「“凶器”がないと判断された」今回の地裁の判決を、専門家はどう見ているのでしょうか。元大阪地検検事の亀井正貴弁護士に聞きました。
亀井正貴弁護士 「須藤被告と密売人たち、3者の証言が信用できないことから、覚醒剤の取引自体が認定されなかった。つまり“凶器”がない=犯行が不可能と判断された。検察側としては、予想外で衝撃だったのではないか。直接証拠に乏しい事件の場合、相当信用性の高い証拠を積み上げる必要性を今回示した形になったのでは」 この記事の写真を見る鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。