「地域医療構想」は高齢化や人口減少などの社会の変化を踏まえて、地域医療の将来像を示すもので、厚生労働省は6日夜開かれた専門家会議で、2040年を見据えた新たな構想案を公表しました。
高齢者の数がほぼピークを迎える2040年には、自宅で医師の診療を受ける「在宅医療」の患者が、85歳以上の高齢者で2020年より62%増加する見通しです。
このため今回の新たな構想では、入院に限らず、在宅医療への対応を強化する方向性が示されました。
具体的には、行政が地域ごとに将来の在宅医療の需要を推計し、医療関係者などと必要な医療体制を検討すべきだとしています。
その上でどの医療機関が在宅医療や高齢者の救急医療などの機能を担うかを明確化し、行政などが担い手の確保や施設の整備などを支援していくべきだとしています。
また、今後は医療と介護の両方が必要になる人も増えていくことから医療機関と介護施設の連携も強めていく必要があるとしています。
今後は、今回の地域医療構想を基に都道府県が具体的な対応を議論し、それぞれの地域に応じた構想を策定する予定です。
地域医療構想 医療機関ごとの機能明確にし機能強化推し進めたい
地域医療構想は、医療ニーズの変化に応じて、今後必要となる病床数や医療機能の集約などを考え、地域医療の将来像を示すものです。
国が全体のビジョンを示した上で、それを基に各都道府県が地域に応じた構想を策定していきます。
これまでの地域医療構想は入院治療を中心に検討され、各地域の病床数をどう変えていくかが大きな焦点となっていました。
しかし、今後、高齢化が進むと入院医療だけでなく在宅医療や介護との連携など、さまざまなニーズが高まることから、今回の新たな地域医療構想では、従来の「病床数」だけでなく、それぞれの医療機関が地域でどんな機能を担うのかをより明確にしていく方向性が示されました。
具体的には、症例を集約して、手術や救急医療などにあたる「急性期拠点機能」、高齢者をはじめとした救急搬送を広く受け入れ、早期のリハビリも行う「高齢者救急・地域急性期機能」、訪問診療を行ったり介護施設と連携したりして在宅医療を支える「在宅医療等連携機能」、それに、中長期にわたる入院医療を行ったり、一部の診療科に特化したりする「専門等機能」があります。
また、大学病院などには医師の派遣や医療従事者を育成する機能も担ってもらうとしています。
行政などは、地域ごとに必要な医療のニーズを推計し、担い手の確保や施設の整備などを支援していくとしています。
厚生労働省は、医療機関ごとの機能を明確にして地域での役割分担を整理した上で、それぞれの機能の強化を推し進めたい考えです。
背景には2040年における日本の医療ニーズの変化
入院だけではなく、在宅医療など幅広い医療機能の強化が求められる背景には、2040年における日本の医療ニーズの変化があります。
2040年には65歳以上の高齢者は3928万人にのぼると推計され、このうち介護が必要になる人が多い85歳以上の高齢者は1006万人と、2025年と比べて42%増加する見通しです。
こうした状況で特に増加すると見られるのが、「高齢者の救急搬送」と「在宅医療」です。
85歳以上の高齢者の1か月あたりの搬送件数は、2040年には全国でおよそ20万5000件と、2020年と比べて75%増加すると試算されています。
また在宅医療を利用する85歳以上の患者は、2040年には1日あたりおよそ7万8000人と、2020年と比べて62%増加すると予測されています。
在宅医療は今後、多くの地域で増加するとみられ、厚生労働省の推計では、全国に300以上ある2次医療圏のうち70%あまりで、在宅医療の患者数が2040年以降にピークを迎えると試算されています。
一方で、足腰が弱るなどして病院に通えない高齢者は今後、増えていき、外来患者の数はすでに多くの医療圏でピークを過ぎ、減少に転じています。
このため、自宅にいながら診療が受けられる「在宅医療」のニーズが高まるとされていますが、課題はその担い手です。
今後、現役世代が減少し、医療従事者の確保は大きな課題となります。
限りある医療資源をどのように有効に活用し、質の高い医療を提供するかが問われ、在宅医療や救急医療の強化や介護施設との連携などがますます求められることになります。
在宅医療現場 人手が限られる中 不安感じている医師も
在宅医療の現場では人手が限られる中、今後増えていくニーズに対応しきれるのか不安を感じている医師もいます。
静岡県磐田市の福本和彦医師(51)は、県内の病院で外科医として勤務していましたが、在宅医療のニーズに応えたいと、8年前にクリニックを開設しました。
地域では自ら通院することが困難な高齢者が増加し、医療的なケアが必要な子どもも増えていて、在宅医療のニーズは年々高まっているということです。
現在は市内外のおよそ300人の訪問診療を行っていて、さまざまな症状に対応できるよう医師や看護師のほか、作業療法士などが連携して支援にあたっています。
取材した5日は、クリニックから車でおよそ20分離れた84歳の男性の自宅へ訪問診療に向かいました。
男性は前立腺がんと診断されていて足腰も弱くなったため通院することが難しく、家族との時間も大切にしたいと訪問診療を受けていて、この日は、自宅で輸血による治療や点滴を受けていました。
男性は「自宅で治療を受けられるのはとてもありがたいし、医師などに来てもらえて安心できます」と話していました。
静岡県医師会の委託調査によりますと、磐田市では、2040年までの20年間に在宅医療の患者数はおよそ1.5倍になると推計されています。
一方、福本医師のクリニックは、20人いる医師のうち、多くは、ほかの病院と掛け持ちする非常勤で、今でもぎりぎりの体制で訪問診療を行っているということです。
さらに地域では、医師の高齢化も進みクリニックの数自体も減っているといいます。
在宅医療を担う人手が限られる中、今後さらに増えるニーズに対応しきれるのか不安を感じています。
福本医師は「在宅医療が必要な人が増えている上、治療の内容もより複雑化して専門性が求められるようになっています。医師の確保はとても難しく、今の体制のままでは今後、増加するニーズに対応することは難しいと感じています。クリニックだけの問題ではなく、地域全体で在宅医療の体制を整えていく必要があると思います」と話していました。
専門家 「施設整備や担い手の確保 国や自治体の支援も必要」
厚生労働省の専門家会議で委員を務め、医療政策に詳しい国際医療福祉大学大学院の高橋泰教授は「2040年は、85歳以上が増えるという人口構造の変化だけでなく、『病院より自宅で最期を迎えたい』などと高齢者の考え方も大きく変わっていくとみられている。これまでのように入院治療が前提の急性期医療を求める患者は次第に減っていき、自宅での生活を望む人が増えていくので、医療機関も変わっていく必要がある」と指摘しています。
その上で、「体制を変えるには行政が『こうすべきだ』と言うだけでなく、財政的な支援を行って初めて実現することもある。地域医療構想が『絵に描いた餅』にならないよう、施設の整備や担い手の確保に向けた国や自治体の支援も必要だ」と話しています。
一方で、医療を受ける患者側についても、「今回の構想によって病院ごとの機能が明確になるので、自分の地域にどんな病院があるのかを知っておき、必要な場合は住まいの場所を変えるなど、自分がどう過ごしたいかを考えておくことが大切だ」と話していました。
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。