世界遺産・平等院近くで人気の「本格お点前」
宇治市最大の観光地である世界遺産・平等院近くには、本格的な茶道を気軽に体験できる人気スポットがある。宇治市運営の茶室「対鳳庵(たいほうあん)」だ。平等院の鳳凰堂と相対する場所にあることにちなんだ名だという。
対鳳庵入り口の門をくぐり、茶室に入る(藤原智幸撮影)
ここでは、茶室で宇治産のお茶をたてる様子を見せてもらい、そのお茶を頂ける。季節の和菓子を添えた本格的なスタイルで、講師が基本的な作法も教えてくれる。
湯は炭火にかけた釜で長時間沸かした軟水を使う。茶碗は京焼きの楽茶碗で、10月は稲穂の柄を使うなど季節に合わせている。
対鳳庵でのお点前(藤原智幸撮影)
「お点前体験」は予約制。講師のお点前を拝見してからお菓子とお茶を頂いて、次に参加者が自分でお茶をいれて味わう。講師の流派は、裏千家や表千家など日によって変わるので、繰り返し訪ねれば違いを楽しめる。
平等院の表参道には、お茶販売の老舗店や飲食店、カフェ、スイーツの店などが並び、観光客は抹茶味のラテやアイス、スイーツを手にそぞろ歩きしていた。お茶は安価なものから高級なもの、ティーバックに入ったものまで多様なものがそろい、資料館を併設している店もある。
地元紙・京都新聞は11月、「『宇治抹茶』爆売れでピンチ」という記事を掲載。訪日客が次々買い求めて品薄になったため、販売制限に踏み切る店が出ているという。
お茶の専門店やスイーツの店が並ぶ平等院表参道(藤原智幸撮影)
ブームに火を付けた「2つのショック」
「宇治産」が世界的なブランドになっている抹茶。その人気の裏には、2度の「ショック」があるとされる。
最初は1996年の「ハーゲンダッツショック」。米国発祥のハーゲンダッツが、抹茶入りのアイスクリーム「グリーンティー」を発売し、抹茶の原料の碾茶(てんちゃ)の生産量と価格が急伸。抹茶スイーツが人気になった。さらに2000年代には、コーヒーチェーンのスターバックスが抹茶を使った飲み物の展開をスタート。海外にも波及し、「スタバショック」と呼ばれるほど、抹茶の売れ行きが良くなった。
その後も抹茶人気は止まらず、農林水産省の資料によると、国内の碾茶の生産は12年には1430トンだったが、23年は4176トンと3倍近く増えている。
室町時代に「最高級」 世界遺産登録狙う
宇治茶がブランドの地位を確立した背景には、宇治独特の環境と地元の人々の技術へのこだわりがある。
宇治は古くから茶の栽培に適した地として知られる。周辺に宇治川、木津川などが流れ、雨量も多い。小高い傾斜のある地形で水はけが良く、霧が多くて茶の芽を傷める霜が少ない。
茶の栽培は鎌倉時代前期に京都に伝わり、室町時代には幕府が奨励して茶園が開かれ、宇治茶の「最高品質」の評判が固まった。江戸中期の名産品ガイドブック『日本山海名物図会』には、茶の伝来と宇治茶の始まり、宇治における茶の栽培や摘み方、製茶の工程などが詳しく記述されていて、全国的なブランド品になっていたことを示している。
『日本山海名物図会』 宇治茶摘 (国立国会図書館デジタルコレクション)
現在は京都、奈良、滋賀、三重の4府県産の茶を使った京都府内の業者が地元で伝統的な製法を使って仕上げ加工した緑茶を「宇治茶」としている。文化庁は、京都府南部の山城地域のお茶文化について、日本文化の精神性を示す茶道や茶の湯を支えた点や、日本茶を代表する抹茶、煎茶、玉露を生みだした点などを評価し、「日本遺産」に認定。京都府などは「宇治茶の文化的景観 」の世界遺産登録に向けて取り組みを続けている。
覆いで引き出した「うまみ」
宇治の碾茶や玉露は、お茶の木に覆いをして日光の直射を避けた「覆下(おおいした)」という伝統的な手法で続けられている。直射日光を避けるのは、うまみ成分のテアニンが、渋味成分のカテキンに変わるのを防ぐためだ。宇治の抹茶や玉露が、まろやかな味わいを引き出せる理由はここにある。覆下栽培は、17世紀の初めに書かれたイエズス会の宣教師の報告書『日本教会史』に登場。西洋にもその製法が伝えられた。
覆いをかけて育てる碾茶(PIXTA)
歴史を知り、お茶を体験できるスポット
宇治茶の歴史や文化的背景を詳しく知るには、京阪宇治駅に近い「お茶と宇治のまち交流館 茶づな」を訪れよう。デジタル展示や実際に手で触れたりして体感できる展示のほか、多様な体験メニューがそろっている。オリジナルの茶筒づくりや茶摘み、茶臼で抹茶を挽く体験などだ。
デジタル展示でお茶の歴史に触れることができる施設「茶づな」(藤原智幸撮影)
「茶づな」の茶臼体験(藤原智幸撮影)
家族連れや観光客に人気な体験が「茶臼うすから抹茶づくり体験」。茶葉を自分でひいて抹茶をたてるもので、プロが挽いた抹茶との飲み比べがで
宇治市内には、他の施設にも体験メニューが用意されている。お茶を飲み比べて銘柄を当てる聞き茶や、茶器づくりなどだ。
お茶を栽培する農場「茶園」も点在。茶づなのテラスからも茶園を望むことができる。一般に煎茶は4月から夏にかけて一番茶、二番茶、三番茶と収穫できる。しかし宇治の碾茶と玉露は一番茶のみを収穫し、今でも手摘みにこだわる。
室町時代(14世紀〜16世紀)には将軍家や有力大名が宇治に優れた茶園を所有していた。これらは総称して「宇治七名園」と呼ばれた。現在これらのうち「奥の山園」が宇治善法に残る。
宇治市内の茶園。直射日光を避ける覆いが準備されている(藤原智幸撮影)
香り生み出す伝統製法
碾茶は蒸気で蒸し、焙炉(ほいろ)と呼ばれる乾燥炉の熱で乾燥させてつくり、抹茶はその碾茶を臼でひいて粉にする。玉露は、覆下で育てた茶の新芽を蒸気で蒸し、それをもみながら乾かす。
平等院に近い住宅地にある福文製茶場は、栽培から伝統的な製法による碾茶の加工までを手がける。1901(明治34)年創業で、24年に宇治で考案された碾茶乾燥機をその翌年から使い続ける。れんがを熱した輻射熱(ふくしゃねつ)による香りが特徴だ。
5代目園主の福井景一さんは「お茶の新芽を30秒ほど蒸した後、200度前後で乾燥し、茎と葉に選別します。れんが造りの碾茶専用の乾燥炉は、曽祖父の代から引き継いだ大切なものです」と説明する。
代々伝わる工場で熱や風を使い、宇治のお茶のうまみを引き出す手法を説明する福文製茶場の福井さん(藤原智幸撮影)
秀吉も訪れた茶屋で一服
宇治橋のたもとには、時代劇に登場するようなたたずまいの茶屋「通圓(つうえん)」がある。850年以上前の平安後期から宇治橋の守りを担い、道行く人に茶を提供してきた。歴史小説にも登場し、辞書にもその名が記されている。
宇治橋のたもとで平安時代から営業している、現存する最古の茶屋「通圓」(藤原智幸撮影)
現存する建物は江戸時代の1672年建造だ。店内には数百年を超えた茶つぼが並び、一休和尚から贈られた「初代通圓」の木像も飾られている。足利義政、豊臣秀吉、徳川家康などの歴史上の人物が、この茶屋を訪れた記録も残っているという。
ここでは前述の福文製茶場の最高級の抹茶を買うこともできる。24代目当主の通円祐介さんは「海外のお客さんを中心に、ランクの高い抹茶をまとめ買いされることもあります」と、抹茶人気を実感する。
『宇治川両岸一覧』 通圓茶屋 (国立国会図書館デジタルコレクション)
店内では煎茶、玉露、抹茶などの宇治茶が手に入るほか、抹茶スイーツを楽しめる。店先には縁台があり、ほんのりとした苦味の茶だんごや抹茶のパフェ、宇治金時ソフトクリームといった甘味を楽しみながら、宇治川や宇治橋を眺めるのも良いかもしれない。
宇治市の通圓の抹茶と茶だんごのセット(藤原智幸撮影)
茶商問屋の姿を伝える人気店
宇治市内には、伝統あるお茶の専門店が数多くある。中でも人気なのが安政元(1854)年創業の「中村藤吉本店」。店はJR宇治駅近くの宇治橋商店街に面しており、連日、観光客でにぎわっている。
JR宇治駅近くの中村藤吉本店。お茶の問屋として使われていた建物を活用し、店舗にしている(藤原智幸撮影)
中村藤吉本店にある、季節ごとのお薦めや人気のお茶を味わえる試飲場。色合いや香り、味などを確かめながら購入できる(藤原智幸撮影)
本店は、白壁と格子の建築で、明治期の典型的な茶商問屋の姿を伝え、2009年に国が「重要文化的景観」に選定した。茶を製造していた焙炉場はお茶製品の売り場になり、お薦めのお茶の試飲もできる。大正時代に建てられた元製茶工場はカフェに改修されている。予約すれば石臼で碾茶をひいた後、茶室で濃茶、薄茶を楽しむお抹茶体験もできる。
お茶の製造工場を活用した中村藤吉本店のカフェ。中庭の眺めも味わいのひとつ(藤原智幸撮影)
製茶工場だったカフェは、高い天井の中央が吹き抜けになっている。製茶の熱を上に逃すためだ。柱にはかつての技術者がメモした数字などが残り、当時の活気をしのばせる。カフェの名物は本店限定の「まるとパフェ」。竹筒に入った抹茶づくしのパフェで、抹茶アイスや抹茶シフォンケーキ、抹茶ゼリィのほか白玉やラズベリーなどが入っている。抹茶の風味を生かしたゼリーとアイスを盛った「生茶ゼリィ」は、ぷるぷるの食感と冷たい喉越しを楽しめる。
同店は、平等院近くにも店舗とカフェがある。
中村藤吉本店で人気の「まるとパフェ」(手前)と、「生茶ゼリィ」(左奥)(松本創一撮影)
たこ焼き、コロッケ、だんご……抹茶グルメにまみれる
宇治市内を歩いていると、抹茶グルメの店をよく見かける。抹茶たこ焼き、抹茶コロッケ、抹茶ビール……。お茶尽くしの1日を過ごせそうだ。
地元の人によると、お土産は茶だんごが定番。抹茶きなこみたらしだんごや、抹茶ラスク、ドライイチゴを抹茶ホワイトチョコで包んだスイーツ、抹茶味のきんつばなど、工夫を凝らした珍しい商品もある。
抹茶尽くしの宇治のお土産(松本創一撮影)
煎茶ゆかりの地も
宇治は、日本人が最も飲む煎茶のゆかりの地でもある。市内の黄檗山萬福寺(おうばくさんまんぷくじ)は開山の中国僧・隠元(いんげん)が煎茶文化を伝え、黄檗僧の売茶翁(ばいさおう)はその文化を広めた煎茶道の祖と呼ばれている。境内には売茶翁をしのぶ売茶堂がある。その隣には全日本煎茶道連盟の本部もあり、毎年、全国煎茶道大会が開かれる。国の文化審議会は2024年、寺院に残る中国・明時代の伽藍(がらん)様式と伝来文化を評価し、主なお堂3棟を国宝に指定するよう、文部科学相に答申した。
萬福寺で修行した売茶翁を記念する「売茶堂」 (PIXTA)
【参考】
- 『お抹茶のすべて』桑原秀樹 / 誠文堂新光社
- 『京都を学ぶ 宇治編』京都学研究会 / ナカニシヤ出版
- 『宇治茶大好き』京都府茶協同組合など
- 『ハーゲンダッツ40周年記念特設サイト』
取材、文:ニッポンドットコム編集部 松本創一、藤原智幸
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。