「期待され 達成感ある」
「障害者雇用ビジネス」とは?
企業も関心 セミナーも
研究会が指摘 利点と課題
「成長につながらない」声も
専門家「雇用の質向上を」
この事業を通して働いている三浦僚太さん(21)。自閉症の障害があり、高校を卒業したあとに、就労訓練を経て1年前から横浜市内の農園で働いています。三浦さんは横浜市内の協同組合と雇用契約を結んでいて、本社に出社して働くことはありませんが、本社の担当者が三浦さんを訪ねて月に2回から3回程度、仕事についての相談や体調などについて面談をしているということです。先月24日、三浦さんとサポートにあたる男性社員がタマネギの出荷に向けて葉を切り取ったり、大きさごとに仕分けをしたりする作業にあたっていました。
三浦僚太さん「自分は人とコミュニケーションを取ることや人から説明を聞いて作業することが難しいです。農業は手元で作業を見せてもらって進めるので自分に合っていると思います。農家の人たちにも期待されていて、充実感や達成感があります」
三浦さんと協同組合をつなげたのが東京都内に本社をおく「農協観光」です。4年前からこの事業を手がけていて、利用企業に働きたい障害者を紹介し雇用契約を結んでもらい、担い手が不足する農家の農園で障害者に働いてもらっています。現在は飲食業や人材サービス業など20社余りと契約して、埼玉や横浜などの農園であわせておよそ180人の障害者が働いています。農協観光で働く多くの障害者は以前は働いていなかったり働いていても就労支援の事業所で報酬は月数万円程度だったりしましたが、いまは月10万円を超える報酬を受け取っているということです。特に最近は障害者の雇用率が引き上げられた影響で民間企業から利用についての問い合わせが増えているということです。
農協観光 伊藤竜也さん「企業からは『これ以上、障害者に取り組んでもらう仕事がない』とか、『適性ある仕事がない』という声が多いです。私たちの仕組みは農業者は労働力を確保でき、企業は雇用率を守るというコンプライアンス順守につながるものです。障害者の皆さんも農家が実際に行っている仕事の一部をしているので、成長できる環境であり、能力の向上にもつながっていると思います」
障害者の働く場を企業に紹介などをする事業は「障害者雇用ビジネス」と呼ばれていますが、どのようなものなのでしょうか。
障害者を雇いたい企業に代わって、このビジネスを行う事業者が働きたい障害者を紹介し、企業と障害者は直接雇用契約を結びます。その上で、働く場所も事業者が確保します。企業は雇用率を上げることができ、障害者は仕事につくことができるのです。全国の障害者の数は厚生労働省の去年の推計で1160万人余りにのぼり、民間企業で働く障害者は去年6月時点で110万人余りと増え続けています。
法律で企業に義務づけられている障害者の雇用率も先月、2.3%以上から従業員40人以上の企業では2.5%以上に引き上げられ、2026年には2.7%以上にまでさらに引き上げられる予定です。
一方で、雇用率を達成している企業は半数にとどまっていて、障害者の雇用拡大が課題となっています。こうした中で「障害者雇用ビジネス」と呼ばれる事業が拡大しています。厚生労働省によりますと去年12月時点で事業者は全国で32社あり、利用企業はのべ1200社余り、働く障害者はおよそ7300人にのぼるとみられています。
障害者の雇用率が引き上げられたことを受け、先月26日、企業の人事担当者を対象に障害者の採用や働く場の拡大に向けたセミナーが開かれました。この中では、障害者雇用のコンサルタントが講演し、雇用率の達成のために進めるのではなく企業の戦略として積極的に進めていく意識が重要なことや社内で働く障害者に対し別の部署の業務を体験してもらう制度を導入することで仕事の幅を拡大できたケースがあったことなどが伝えられました。また、企業に代わって障害者に働く場を提供する事業が拡大していることについても講師が説明し「この事業については、『障害者の働く場が創出されるので、いいことではないか』という意見もあれば、『お金で雇用率を買うようなものだという意見もあり、賛否両論がある』」と伝えていました。
参加したアパレル関連企業の人事担当者「障害者の求人を出しているが紹介してもらえないこともある。ただ、障害者雇用を進めることで多様性が生まれて新たな価値観が生まれると思う。私たちとしてはいわゆる『障害者雇用ビジネス』を使うのではなく、障害者を自社の中で一緒に働くメンバーとして仲間として受け入れていきたい。同じところで働くことを重要視している」
いわゆる「障害者雇用ビジネス」をめぐっては有識者や支援団体などが去年、研究会を立ちあげ、ことし2月に報告書をまとめました。
《利点》▽障害者が最低賃金以上の収入を得ることができる。▽障害者の就労支援を行う事業所の平均を大きく上回る賃金が支払われている。▽重度の障害者の雇用促進のノウハウがない企業が法定雇用率を達成できる。▽農業従事者が減少する中で新たな労働力や担い手の確保につながる可能性があることなどをあげています。
《課題》▽障害の特性に応じた労働環境が確保されておらず生産性が著しく低いケースがある。▽農作業が十分になく、時間を持て余していて仕事にやりがいを感じられない状況にある障害者が存在する可能性がある。▽利用企業の中に農園の提供や障害者を紹介されてから十分な管理をしていない企業もみられる。▽人材育成などキャリアプランがなく本社との交流機会もなく、障害者の成長が望めないケースがある。▽労働の生産物が賃金の財源になっておらず、働いた成果で報酬を得るという労働の本質から大きく外れる状況になっているなどと指摘しています。
この事業を利用し、農園で働いた経験がある人の中には、多くの時間が休憩時間でみずからの成長やキャリアアップにはつながらなかったと話す人もいます。発達障害がある50代の男性は7年ほど前まで、「農協観光」とは別の事業者の紹介で機械メーカーと雇用契約を結び、千葉県内の農園で働きました。男性によりますと4つの農業用ハウスで100人ほどの障害者が働いていて、3人の障害者に1人の社員がついて指導や体調などの管理にあたっていたということです。
農園で働いた経験がある障害者「仕事は専門的な農業とはかけ離れていて、休憩時間がほとんどでした。収穫があればやりますが水やりだけの日もあります。その場合は30分ほどで終わり、5、6時間は自由な時間です。携帯電話をいじったり音楽を聞いたりしている人もいて、時間をもて余していました。『農園に来るのが仕事』と言われていました」「就労支援の事業所と比べて給料は数万円上がりましたが、みずからの成長やキャリアアップにはつながりませんでした。管理にあたる社員から嫌がらせも受けて結局、半年で辞めざるを得ませんでした」「月に1回は雇用契約を結んだ会社の人が来てくれたのはうれしかったですが、会社に行ったのは入社手続きの時の1回だけで、本社と農園は切り分けられていました。結局、雇用率の達成のための要員だったのかなと感じています」
障害者雇用に詳しい 法政大学現代福祉学部 眞保智子教授「障害者雇用を積極的に進めている企業からは障害があるなしに関わらず社内でコミュニケーションを取っていったことが、社員みんなが働きやすい環境につながったという声が多く聞かれている。また、新たなアイデアで製品が生み出されたという声も出てきていて、企業は障害者雇用を新たな価値想像の機会と捉え直していくことが重要ではないか」「障害のある方が企業で働き続けることでキャリア形成がなされ、企業も目標を達成していくような、双方にとっての雇用の『質』の向上を図っていくことが重要だ。障害のない人もある人も心理的に隔てられることなく共に働いていく社会を改めて目指すべき時に来ている」
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