“アポ電”マニュアル
独自追跡 被害潜在化も
“会った記憶ないが 根負けして契約”
「恥ずかしくて相談できなかった」
専門家「非常に巧妙に作られたマニュアル」
弁護士「被害は氷山の一角」
捜査関係者「立件には高いハードル」
会社の関係先からはおよそ9万人分の名簿や電話マニュアルなどが押収されました。捜査関係者によりますと、名簿には、80歳以上の高齢者およそ9万人の名前や住所、電話番号が書かれていて、名簿業者から1人あたりおよそ10円で大量に購入していたということです。このリストをもとにいわゆる“アポ電”をかけ、認知機能の程度や資産状況などを聞き出していたとみられています。
“アポ電”をかける際のマニュアルには、電話でのやりとりの流れや聞き取るポイントが細かく書かれています。まず、会話の始め方については、「ご無沙汰しております。覚えておられますか?6年くらい前にこの地域の営業担当として1軒ずつ回っていたときに、○○さんから『まだ若いんだから、仕事辞めずに頑張ってね』と声をかけてもらいすごく励みになりました。おからだにお変わりありませんか。昔のお礼をさせて下さい」などと記されていて、架空の話を切り出し、相手の反応によって判断能力の低下の程度を見極めるよう指南しています。
そして契約を迫る相手に「必要な条件6ポイント」として以下の点を挙げています。決断力はあるか口が軽くないか資産があるか1人暮らしかどうかこちらのペースにできるか情が入るかどうか会話のなかでこうした条件に当てはまるかどうか探るよう指示しています。
電話で聞き取った1人1人の情報を『個票』に書き込んで管理していたこともわかりました。捜査関係者によりますと個票には年金額などの資産状況や「独り暮らし」「ヘルパーなし」などの情報のほか、「人はよく話は聞いてくれる」「結婚、息子の話は嬉しそうに聞いてくれる」「『あなたがやると言ったから今日来たんですよ』と持ち込む」などという内容が書き込まれていたということです。そして、狙いを定めると、「実行役」の社員らに自宅を何度も訪問させ、契約を迫っていたとみられています。
NHKが登記簿などの情報を調べたところ、不動産販売会社は、警視庁が立件した事件のほかにも、10以上の物件を少なくとも61人に売りつけていたことが新たにわかりました。そして61人全員を独自に調査し、およそ6割にあたる37人について取材することができました。
そのほとんどは80代以上の1人暮らしで、「認知症の診断は受けていない」と話しました。ただ、取材の際に判断能力や記憶力に衰えが感じられる人も多く、アパートを購入した記憶がないという人が4人、意思の疎通が難しいと感じられる人も1人いました。中には業者から、認知症でないことを証明する目的でチェックリストに記入させられた人もいました。そして「家族に知られるのが恥ずかしい」などの理由で被害に遭ったという認識がありながらも誰にも言いだせず、“泣き寝入り”の状態になっている人も12人いました。「家族には相談しないよう指示された」と証言する人もいました。取材からは認知症以外の人も狙われ、被害が潜在化している実態が浮かび上がっています。
関東地方で1人暮らしの89歳の男性は、去年5月ごろに「インターネット不動産販売」の担当者が自宅を訪ねてきたといいます。担当者は「3年ほど前にお世話になりました」といって自宅に上がり込んだあと、「マンションの1室を買ってくれれば家賃収入が得られる」などと不動産への投資を持ちかけてきたということです。男性には担当者と会った記憶はなく、当初は不審に感じたと言うことですが、何度も説得される中で子どもに資産を残してあげたいという思いもあったため、東京・八王子市にあるマンションの1室の75分の3の持ち分を150万円で購入する契約を結びました。
その後、男性の口座には「インターネット不動産販売」から家賃収入として月3800円が振り込まれましたが、振り込みは3回ほどで途絶え、担当者とは連絡が取れなくなったということです。そしてNHKのニュースなどで詐欺事件が報じられているのを知り、被害に遭ったことに気付いたということです。男性は「担当者は『銀行に金を預けていても危ないんじゃないか』という話もしていて、孫にも遺産を残してやりたいので契約をしました。だまされたとわかったときに悔しさはありましたがもう年をとっているので、息子にこんな問題を引き継ぎたくありません。自宅に来る不動産業者は怪しいと思うが、何回も来て何時間も居座るので、根負けして契約してしまいます」と話していました。
都内で1人暮らしの86歳の女性は、去年、「インターネット不動産販売」の担当者に突然、自宅を訪問され「昔、お世話になった」などと切り出されたといいます。女性にその記憶はありませんでしたが、担当者は頻繁に自宅を訪れるようになり、次第に心を許すようになりました。そして、この担当者から「貯蓄を投資したほうがいい。マンションの1室を買ってくれれば家賃収入が入る」などと不動産への投資を持ちかけられたといいます。女性が売りつけられたのは東京・八王子市にある築30年以上のマンションの1室の75分の8の持ち分で、400万円で購入する契約を結びました。
京都府立医科大学 成本迅教授高齢者の認知機能に詳しい京都府立医科大学の成本迅教授は、被害に遭いながら泣き寝入りの状態になっている高齢者が多いことについて「認知機能が低下すると周囲に対して『自分は問題ない』『大丈夫です』というアピールが非常に強くなるという特徴がある。損をしてしまった、失敗してしまったみたいなことは、子どもには弱みを見せたくないので話したくないという方が高齢になればなるほど多くなるという印象だ。そういったこともあって被害に遭っても周囲の人には言わない、特に子どもには言いたくないということがあるのではないか」と話しています。また、「軽度の認知症やMCIの人などは、自分の認知機能が低下していることを『できるだけ悟られないようにしたい』『隠したい』という思いがあるので、マニュアルに書かれているように『覚えていますか?』と言われると、記憶力が低下していると思われるのが嫌なので『覚えています』と答えてしまうことがある。同調性や迎合性があるか、だましやすいかを見極めるために非常に巧妙に作られたマニュアルだ」と指摘しています。
葛田勲弁護士認知症高齢者が狙われる不動産トラブルについて相談を受けている葛田勲弁護士は「被害に遭った人は、日常生活や家事を1人でこなせるが、話しをしている中で『認知機能に問題が出始めているな』と気付くような人がほとんどだった。家族や周囲からは日常生活に問題がないように見えても、認知機能に少しでも低下がみられると、そこに悪質な業者がつけ込んでくる。同様の手口で高齢者をだましている業者はほかにも複数あるが、高齢の被害者がみずから相談に来ることはほとんどない。私たちが把握している被害は氷山の一角だ」と指摘しています。
警視庁が立件した事件の被害者2人はいずれも認知症の診断を受けていて「インターネット不動産販売」の社員らは、「準詐欺」の罪で起訴されました。「準詐欺罪」では被害者が「物事を判断する能力が著しく低下した状態」だったことを立証する必要がありますが、捜査関係者によりますと「MCI=軽度認知障害」のように認知症と診断されていない人の場合には立件のハードルは高いのが実情だということです。また「詐欺罪」についても、アパートの価格が相場より高額だっただけでは罪に問うのは難しく、契約した人がどんな誘われ方をしたのか覚えていないケースも多いため立件にはハードルがあるということです。捜査関係者は「認知症の診断がない人の場合には、業者側が『ひとりで生活できているし、会話もできたので判断能力に問題ないと思った。納得して契約してもらった』などと言い逃れするおそれがある」と話しています。
ことし、厚生労働省の研究班がまとめた最新の推計によりますと▼認知症の高齢者は来年には471万6000人にのぼるとしています。また、▼物忘れなどの症状はあるものの、生活に支障がなく、認知症と診断されるまでには至らない「MCI=軽度認知障害」の人の推計についても今回、初めて公表し、来年には564万3000人に上るとしていて、認知症と合わせると1035万人あまりに達する見通しを示しました。また、団塊ジュニアの世代が65歳以上になる2040年には▼認知症の高齢者が584万2000人、▼「軽度認知障害」の人が612万8000人にのぼると推計していて65歳以上の高齢者のうち、3人に1人が認知症もしくは軽度認知障害になる可能性があるとしています。
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