「自民派閥の不記載の件を、特捜部は本気でやろうとしている。 影響が大きいため、扱いについて検察と法務省幹部が協議している」
自民党の派閥を巡って特捜部が動いている。私たちが、そうした情報を掴んだのは 2023年秋のことだった。
疑惑の鍵を握るのは安倍派の会計責任者・松本淳一郎被告(77)。すぐに接触を始めたが、そこから約1年間、当の本人は核心について口を閉ざし続けた。
30 日、松本被告に東京地裁は、禁錮3年執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。 最後まで沈黙を貫いた安倍派の金庫番は、一体何を守ろうとしていたのだろうか。
(テレビ朝日司法クラブ 吉田遥 岩下耀司 上田健太郎 織田妃美 西前信英)
■不記載は「会長と松本被告で決めていた」
2023年12月19日、清和会が入るビルには取材陣が集まっていた。その日、最寄り駅から徒歩 で現れた松本被告は、瞬く間にカメラに囲まれ、記者の質問攻めにあった。質問には一切答えず、 颯爽とビルの中へと消えていった。
東京地検特捜部の強制捜査が入ったのは、そのすぐあとだった。
容疑は、収支報告書にパーティ券の支出入を記載していなかった政治資金規正法違反の疑いだ。捜査が短期決戦になることは初めから明白だった。
国会開会までの約1カ月間が正念場で、ある検察幹部は「一定の時間で一定の結論を出すのは相当厳しい。しばらくそっとしておいてほしい」と取材に対して苛立ちを見せることもあった。
派閥幹部が立件されるかどうかが焦点の一つになったが、そのハードルは高く、 検察幹部の多くは、捜査段階から法律の構造上の問題を指摘していた。
「政治資金規正法は、会計責任者に任せれば政治家自身は罪を逃れられる法律。そして、上に行けば行くほど、話はいかない」対照的に、終始余裕の笑顔を見せていたのは派閥側だ。派閥幹部は収支報告書の不記載を知らなかったのか。記者の問いに、ある関係者はあっけらかんと話した。
派閥関係者「会長と事務局長(松本被告)で決めていたらしい」 記者「会長?」 派閥関係者「細田、安倍。死人に口なしではないが、本当にそういう世界」不記載は会長と松本被告で決めていたと証言した。では、組織ぐるみの裏金作りの真相を知る人物は、本当に松本被告しかいないのだろうか。
追求する記者に、関係者は不満げだった。
あくまで、罪に問われるのは会計責任者だけで、政治家ではないとの認識だった。
その見立て通り、2023年1月19日、東京地検は、収支報告書にうその記載をした政治資金規正法違反の罪で松本被告を在宅起訴し、派閥幹部については立件を見送った。
その理由について 新河隆志次席は、こう説明した。
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■裁判で証言…「“ある幹部”がキックバック再開を要請」■裁判で証言…「“ある幹部”がキックバック再開を要請」
派閥側で唯一立件されることになった松本被告。毎回赤のネクタイを締めて法廷に現れ、質問には大きな声ではっきりと答えた。
会長の“ゴーサイン”でキックバックを始めたこと、その後、会長だった安倍元総理がキックバックのやり方に問題があると指摘したこと、それを受けて2022年4月、安倍元総理、塩谷立元文科大臣、 下村博文元文科大臣、西村康稔元経産大臣、世耕弘成前参院幹事長が会議に参加し、キックバックをやめたことなどを淡々と語った。
しかし、肝心なところでは、言葉を濁し続けた。
印象的だったのは、弁護側がキックバック再開の経緯について尋ねた時のことだ。
松本被告「2022年7月末だったと思う。 “ある幹部”から『ある議員が還付して欲しいと言っている』という話があった。その時にはもう安倍会長はいなかったので、塩谷会長代理に相談して、幹部を集めて頂きたいとお願いした。下村先生、西村先生、世耕先生、声掛けをした塩谷先生と私が集まった」
弁護側「結論は?」 松本被告「いろんな議論をしたうえで、結論というか方向性は還付しようと」 弁護側「還付再開の決定?」 松本被告「はい」 弁護側「松本さんはそれに従った?」 松本被告「はい」 弁護側「松本さんの判断で還付を決定することは可能?」 松本被告「それは不可能です。従来会長に相談をして会長から指示を受けて動くので、事務局の私が独断で還付しますとは言えない」“ある幹部”からの要望で協議が始まり、その結果、キックバック再開が決定したとの証言。 しかし、その後の被告人質問で、検察側が質問を重ねると…。
検察官「端的に聞きますが、ある幹部というのはどなたですか」 松本被告「前回色々お話ししましたがそれ以降ご本人の方もおっしゃらないようなので、名前についてはここでは差し控えさせていただきたいと」 検察官「言いたくない、黙秘すると?」 松本被告「はい」 検察官「言えない理由は」 松本被告「ご本人の方から私だとか、それはだれだれだということを仰って頂いていないので、私の方からは差し控えさせていただきたい」弁護側も検察側も裁判官も、それ以上追求することはなかった。
松本被告はさらに、「“昔の幹部”に不記載をやめるよう何度か進言した」と証言したが、 それが誰なのかも、法廷では明かさなかった。
不記載をやめるよう進言したこともあったのに、“ある幹部”の要望でキックバックが再開し、その結果自らが刑事責任を問われることになったのに、最後まで政治家の名前を口にしない松本被告は 、 どこまで「派閥」に忠実なのだろうか。
弁護側「起訴を受けて会計責任者を辞するとは考えなかった?」 松本被告「まあ、やめたい、辞するという気持ちは正直ありました。過去含めて収支報告書を修正する作業がありましたし、令和5年の収支報告書を提出する作業もありました。時同じくして清和研の解散もあり、それらをやらなければということで、やってもらえる後任が見つかりませんでした。最後までやらなければという思いで今日まで来ております。」次のページは
■政治家は説明責任を果たしていたのか■政治家は説明責任を果たしていたのか
東京地裁は30日の判決で、「2022年分の収支報告書について、キックバックの継続について幹部らで話し合われるなど虚偽記載を止める契機を得たのに、結局、前年同様に虚偽記載に至った」「政治活動の公明・公正を確保し、民主政治の健全な発展に寄与するという政治資金規正法の目的をないがしろにする犯行」などと指摘した。
一方で、「会長や幹部らの判断に従わざるを得ない立場にあり、被告人自身の権限には限界があったことは否定できない」などとして、松本被告に対し、禁錮3年執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。
結局、裁判で派閥幹部の関与という核心が明らかになることはなかった。
弁護側と検察側の双方が控訴しなければ、刑事事件としては終焉を迎える。
去年の秋から松本被告に質問を投げかけてきたが、正直、納得いかない部分もある。説明責任を果たすべきなのは、派閥幹部だったのではないだろうか。
ある関係者は、「この裁判は真相を明らかにする場ではない」と断言していたし、検察幹部は、「 何かあれば政治家は法律を変えるが、抜け穴は作っている。政治家が自分たちの法律を作ることはどうかと思うが、しょうがない。立法できるのはあの人たちなのだから。」と諦念を吐露していた。
釈然としない記者に、「検察はきっかけを作ることはできるけど、政策や立法にまでは手が届かない 。企業も個人も1円単位で書かなければいけないのに、なぜこんなことが今の時代に許されるのか。 国会議員に関わる金の問題はきちんとしないとダメだ」と司法の限界を指摘する検察OBもいた。
判決を聞き終えた松本被告は何度も深く頭を下げ、法廷を去った。
守りたかったものは守れたのだろうか。最後まで表に出てこなかった“名無しの幹部”に、罪の報いを受けた松本被告の姿はどう映っているのだろうか。
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