1970年代に日本のウーマンリブをけん引した鍼灸(しんきゅう)師の田中美津(たなか・みつ)さんが8月7日、亡くなりました。生前の田中さんに密着してドキュメンタリー映画を撮った吉峯美和監督に寄稿していただきました。

 吉峯美和(よしみね・みわ) テレビディレクター、映画監督。1967年、東京都生まれ。番組制作会社を経てフリーのディレクターに。映画『この星は、私の星じゃない』で初めて監督を務めた。女性文化の創造に貢献したとして第26回女性文化賞受賞。

◆「女らしく生きるより、私を行きたい」男性中心社会に一石

生前、東京新聞のインタビューにこたえる田中美津さん=2018年2月、東京都八王子市で(安江実撮影)

 日本のウーマンリブの伝説的リーダーと言われた、田中美津さんが亡くなった。  1970年代に多くの女性たちを揺り動かしたリブ。当時を全く知らない世代の私にとっても、目からウロコ体験なのが美津さんの言葉だった。4年にわたって今の彼女を追いかけて、ドキュメンタリー映画『この星は、私の星じゃない』(2019年公開)を自主製作するほどにのめり込んだ。  リブ誕生の歴史的なデモでまかれたビラ『便所からの解放』(1970年)に美津さんは書いた。  「男にとって女とは母性のやさしさ=母か、性欲処理機=便所か、という二つのイメージに分かれる存在としてある」  妻や母としてだけ生きるか、性的存在として搾取されるか、どちらも根っこは同じだと喝破し、「女らしく生きるより、私を生きたい」と叫んだ。当時、マスコミから大バッシングを受けたのは、男性中心の社会構造の根源を衝(つ)いていたからだろう。

◆「現代のらいてう」が抱えていたトラウマ

 同じようにひどく揶揄(やゆ)されたのが、明治末期に雑誌『青鞜』を創刊した平塚らいてうだ。「元始、女性は太陽であった」と宣言したらいてうのように、美津さんのウーマンリブは男女平等の権利獲得運動ではなく、女自身の意識変革を訴えていた。  「現代のらいてう」を撮るぞ! 小さなカメラを持って週に1回程度、美津さんの外出に同行し、そこで語られる言葉を記録することから撮影が始まった。東京新聞のインタビューでは、「女の不幸は、男の不幸とイコールになっている」と発言。男は社会の奴隷であり、女を「母」と「便所」に分断して男に与え満足させることで、社会の秩序は保たれてきたのだから、「男もマンリブを起こせ」と言うのだ。男が解放されなければ社会は変わらず、女も解放されない。今も昔も本質をとらえる田中美津にしびれた。

生前の田中美津さん=2015年、東京都八王子市で

 撮影の最中、#MeToo運動が盛り上がり、日本でも実名で性被害を告発する女性たちが現れた。実は美津さんも幼児期に性虐待にあっていて、1970年代に自ら著書で告白していたが、70歳を過ぎた今でもそのトラウマから逃れられないことを、カメラの前で語ってくれた。「カリスマ女闘士」のイメージが貼りついてきた美津さんの心の奥に、「膝を抱えて泣いている少女」が居続けていることに気づいて以降、映画のテーマが絞られていく。

◆「私のために頑張ることが、世の中を変えていく」

 美津さんのすごさは、その解消されないトラウマをエネルギーの源にして言葉を発してきたことだと思う。  「他の女たちはまだ正札さえ付けていないのに、私だけがディスカウント台にのぼっているような気分…私を救いたい。私のために頑張ることが世の中全体を変えていくんだ」  常に「私」から出発するブレない強さ。だからその言葉には力が宿り、痛みを抱える人の心に響くのだろう。  映像の中に遺(のこ)された、類いまれな思想家の姿と肉声が、いま生きづらい人のもとへ届いてほしい。『かけがえのない、大したことのない私』を肯定し、全身全力で「この星」に立ち続けていた、田中美津を忘れないで。    ◇  ウーマンリブの活動家で鍼灸師の田中美津さんは8月7日、死去。81歳。1960年代にベトナム戦争の反戦運動に参加。男性優位の運動を疑問視し、1970年、日本初のウーマンリブのデモの中心人物として活躍。1972年には運動の拠点となる「リブ新宿センター」を設立した。    ◇   ◇

2019年公開のドキュメンタリー映画「この星は、私の星じゃない」のチラシ

◆9月、吉祥寺と渋谷で追悼上映会

 『この星は、私の星じゃない』の上映会が予定されている。  ▽アップリンク吉祥寺 9月9、13、17、19日、いずれも午後1時30分から。17日の上映終了後、東京大名誉教授の上野千鶴子さんによるトークを予定。  ▽渋谷ユーロスペース 9月28、29日、いずれも午前10時30分から。上映終了後、28日はジャーナリストの浜田敬子さん、29日は著作家の北原みのりさんによるトークを予定。 

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