指導者(中央)に学びながら平田友吾さん(左手前)を水中で支えたり、楽しませたりする江戸川区総合体育館職員の冨永美千代さん(左)と平田さんの母、絢子さん(右)=東京都北区の都障害者総合スポーツセンターで
8月28日、パリ・パラリンピックが開幕する。2021年の東京大会後、パラスポーツへの関心は高まった。ただ、重い障害のある子どもたちは学校以外でスポーツをする機会が少なく、卒業後はさらに減る。障害の特性や運動の経験に応じて支援できる専門施設は、東京都内でも6カ所と少ない。もっと日常的にスポーツを楽しめるよう、専門施設のノウハウを地域に広める試みが始まった。 「障害者スポーツは人ごとで、できたら夢のようだなって感じていました」。6月に都内であったモデル事業の説明会で、肢体不自由の子どもらが通う特別支援学校・都立鹿本学園(江戸川区)PTA代表会長の山田靖子さんは話した。 スポーツをやるには、移動の支援や着替えの介助、付き添いなども必要だ。別の保護者は「周りの目が気になって遠慮してしまい、運動させたくても連れて行けなかった」と明かす。 この試みは笹川スポーツ財団(港区)と都障害者スポーツ協会が考案した。パラスポーツが盛んな江戸川区と鹿本学園の親子4組が協力する。モデル事業に参加する鹿本学園の親子ら=東京都内で
都障害者スポーツセンター2カ所を運営する協会職員らが、江戸川区職員やボランティア、保護者に支援のノウハウを伝えるとともに、センターを拠点に地域の中核施設、公民館などより身近な施設を結んで一体的に支える態勢をつくる。今年6月から来年3月末まで実施し、課題と解決策を検証して全国の自治体などに参考にしてもらう。 初回は6月下旬、都障害者総合スポーツセンター(北区)のプールであった。鹿本学園小学部2年の平田友吾さん(8)が水に浮かび、笑顔を見せていた。平田さんは生まれつき筋肉の緊張状態が弱い「低緊張」のため、1人で立つことや歩くことが難しく、車いすを使っている。東京のパラスポーツの拠点・都障害者総合スポーツセンター
センターで重度障害者のプール教室を担当している水泳専門の職員らが水中での平田さんの支え方などを実演した。その様子を学んだ江戸川区総合体育館職員の冨永美千代さんは「重度障害のあるお子さんを教えるのは初めて。顔の見える対面よりも、背面から体を支えるほうが相手がリラックスしやすいことなどが勉強になった」。母の絢子さんは「子どもを連れて参加できる教室が身近にあると助かる」と話した。 モデル事業に関わる協会職員の屋敷可奈恵さんは「障害の程度や水への慣れ具合、体の可動域などを確認しながら支える。支援のあり方は一人一人違う」と説明。指導者がにこやかな表情などで水中の楽しさを伝えることも重要という。 今後はパラリンピックの正式競技でもある「ボッチャ」などに取り組む。江戸川区総合体育館の山田勝之館長は「これまで重度障害の方の利用は少なかった。利用しやすいように、関わる人たちの力量を上げていきたい」と話し、屋敷さんは「スポーツはいろんな人々との出会いにもつながる。参加の選択肢を増やすことが大切」と強調した。◆施設も指導員も足りない
政府の推計によると障害者は約1160万人で、人口の1割弱に及ぶ。笹川スポーツ財団の調査では、障害者専用や優先のスポーツ施設は5月時点で全国150施設(都内6施設)にとどまる。 重度障害者向けの教室を開くなど、より専門性の高い障害者スポーツセンターは19都府県に29施設(都内2施設)と少ない。 支える人材の育成も課題だ。理学療法士や社会福祉士、教員などの資格を持つ専門職を抱える都障害者スポーツ協会の佐々木ゆみ・事業推進課長は「専門職はスポーツと障害の知識に加え、当事者と接する経験が必要。1、2年で専門ノウハウを身に付けることは難しい」と指摘する。 日本パラスポーツ協会は自治体や障害者スポーツ協会と連携し、パラスポーツ指導員を養成している。公認指導員は7月末時点で、上級870人、中級4337人、初級2万850人の計2万6057人。10年前より約4500人増えたが、ここ数年は横ばいだ。 主に初心者にスポーツの楽しさを伝える初級指導員の講習会は18歳以上が対象。受講後に地域の指導者協議会に登録し、活動する。講習会の日程は協会のホームページで確認できる。<パラスポーツ> 障害に応じて競技のルールを変更したり、補助の用具を使ったりすることで、障害のある人もない人も楽しめるスポーツ。日本障がい者スポーツ協会が2021年、リハビリや福祉の印象が強い「障がい者スポーツ」という呼び方から改めた。協会名も「日本パラスポーツ協会」に改称した。パラリンピックは主に身体障害のある選手が競う世界最高峰の大会で、五輪の大会終了直後に同じ地で開かれる。
◆今月の鍵
東京新聞では国連の持続可能な開発目標(SDGs)を鍵にして、さまざまな課題を考えています。今月の鍵はSDGsの目標3「すべての人に健康と福祉を」。スポーツをさせたくても「周りに遠慮してしまう」という保護者の声が切実だった。障害の有無にかかわらず、スポーツを好きなときに楽しむためには、施設の受け入れ態勢だけでなく、同じ社会に生きる私たちの意識改革が重要だ。 文・押川恵理子/写真・坂本亜由理、押川恵理子 【関連記事】競泳・富田宇宙が信じる「人生を変える」パラのチカラ 競技を通して「皆さんに届けたい」【関連記事】「車いす」多数派 「二足歩行」少数派になったら? 障害生み出す社会を実感 バリアフルレストラン
押川恵理子(おしかわ・えりこ)=社会部
1978年、立山連峰を望む富山市に生まれ、渋谷系の音楽を聴いて育つ。好きな音楽を浴びて酒を飲むと本来の自分を取り戻す。新聞記者を志したのは、身近な人が精神疾患と周囲の偏見に苦しむ姿を目の当たりにし、偏見をなくすには情報発信が大切と感じたから。名古屋本社整理部や北陸本社報道部、東京本社経済部を経て、現在は東京本社社会部。社会的養護やLGBTQ、教員の過労を巡る課題などを取材してきた。JA共済の自爆営業や脱炭素の動きも追いかけている。▶▶押川恵理子記者の記事一覧
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