リモートでの仕事の合間に娘と遊ぶ片出さん(7月、米オハイオ州)=本人提供

共働き家庭で配偶者の海外赴任が決まると、同行するため勤務先を退職する人は少なくない。

それでも、リモートワークの浸透が新たな働き方を可能とするなど、キャリアの選択肢は少しずつ広がりつつある。

「おはようございます」

米オハイオ州に住む片出麻依子さん(40)は、間もなく1歳になる長女を寝かしつけた後の午後9時ごろ、パソコンを開いてチャットに打ち込んだ。

日本は午前10時ごろ。日本国内の企業の事務や経理をオンラインで請け負う。フルリモート勤務で、通常は1日3時間ほど。仕事の打ち合わせは子どもが寝た後で、朝起きたら日本から緊急の連絡が入っていないかチェックするなど、時差との付き合い方も板についてきた。

元々は日本で正社員として働いていた。印刷大手に新卒で就職し、福岡支社の企画部門に配属された。顧客と話し合いながら、マーケティング戦略を立てる仕事にやりがいを感じていた。

福岡で企画部門で働き、仕事にやりがいを感じていた(2014年1月)

10年目にはメンバー約10人をまとめるグループリーダーに昇進した。

その翌年の2019年、別の会社に勤務し、米国から帰国し東京で働いていた夫と結婚。会社と相談し、東京の部署に転勤させてもらった。

新天地に慣れてきたと思い始めていた同年秋ごろ、夫に再び米国赴任の辞令が出た。当面東京で暮らすと考えていた夫婦にとって、想定外の辞令だった。

お互い仕事で出張が多く、旅行が共通の趣味だ(2018年11月)

海外旅行が好きで移住に抵抗はない。夫と一緒に過ごし、できれば子どももほしい。

一方で「今まで積み上げてきた自分のキャリアを途切れさせたくない」とも感じた。

同行するなら退職しかない。転勤などで配慮してくれた勤務先には心苦しかったが、決意を固め仕事を探し始めた。

米国で就職先がすぐに見つかる保証はなく、自身の語学力がビジネスで使えるかどうかもわからない。日本にいる間に仕事を見つけようと、検索サイトで「海外」「仕事」「駐在」などの言葉を打ち込んだ。

日本の会社に勤務し、海外で仕事をする方法はないか模索したが、思い描く仕事は見つからなかった。

夫の海外転勤に伴って退職。福岡の同僚が送り出してくれた(中央が片出さん、2019年3月)

ただ、探していく中で個人で業務委託契約を結んで働く、という方法があることを知った。オンラインで経理や事務を受注する会社があり、その会社の委託先として選ばれれば仕事が割り振られる。

「会社員としての経験を生かした仕事ができそう」

海外で働くイメージが鮮明になっていった。夫も賛成してくれた。

履歴書や志望動機を準備して選考に臨み、20年4月に業務委託先に選ばれた。

現在、片出さんは企業7社から仕事を請け負い、日本人スタッフ数十人に仕事を配分したり納品前のチェックをしたりする「ディレクター」として働く。海外にいる日本人も含めてチームを組むことも多い。

「色々な業界のことを知ることができるのは楽しい」

メンバーをまとめた前職の経験も生かすことができ、仕事は充実している。米国で生活する中で、日本人と日本語でビジネスについての話ができる環境も良い息抜きだ。

駐在中も夫婦の共通の趣味の旅行は続けている(4月、メキシコ)

海外勤務に同行している知り合いの女性の中には、夫の勤務先や、ビザの都合などで仕事を諦めた人もいる。働くことができる自分は幸運だったと思いつつ「駐在員の配偶者は経歴もスキルも高い人がいる。人材を活用できる仕組みがさらに整ってほしい」と願う。

夫がいつまで米国で働くのか、見通しがはっきりしているわけではない。だが、どのようなかたちでもキャリアを続けたいと考えている。

「帰国や他国への駐在など選択肢は様々あるが、子育てと両立しながら柔軟に仕事を続けることが当面の目標」と話す。

自分らしい働き方は、どこでも実現できると信じている。

文 中川紗帆

駐在同行の配偶者、4割超が退職


駐在員家族のボランティアらでつくる団体「駐在ファミリーカフェ」が2023年11~12月に駐在員またはその配偶者約100人に聞いたところ、駐在員の配偶者のうち同行を理由に退職して専業主婦・主夫になった人は45.2%にのぼった。
共働き家庭が増える中で、駐在員は配偶者のキャリアの継続を望む傾向にある。同調査で配偶者の働き方について複数回答で聞いたところ、「リモートで働けるとよい」と答えた人は53%、「現地で就労できるとよい」は42%だった。かつて主流だった「家族のサポートに専念してほしい」は9%にとどまった。
会社の規定で就業できない場合もある。同調査で配偶者が「会社のルールにより就労が難しい」とした割合は28%だった。一方、日本の仕事を海外からリモートで続ける人や現地採用で就職した人など、キャリアが多様化しているという。同団体は「駐在員とその家族の環境は著しく変化しており、企業の理解があるとありがたい」と指摘する。
駐在に配慮を示す企業もある。組織・人事コンサルティング大手のマーサージャパン(東京・港)が23年、299社を対象に調査したところ、自社の社員が配偶者(自社・他社問わず)の海外赴任に同行するための休職制度がある企業は37%、再雇用制度がある企業は30%にのぼった。
休職期間は、制度がある企業のうち51%が「1年以上3年未満」と比較的短い。同社の内村幸司シニアプリンシパルは「価値観が多様化する中、人材確保のためにはまだ駐在員とその配偶者に寄り添う余地があることの表れかもしれない」と論じた。

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