福島県でニホンザルの食害が深刻化している。特に東京電力福島第1原発事故後に避難区域が設定された12市町村で顕著だという。避難区域でなくなった後もサルの群れが目立っている。県は動態調査をし、場合によっては群れの全頭捕獲も想定する。しかし管理、捕獲を強化すれば済む話か。(宮畑譲)

◆「果物がなる秋になれば、もっと増えるだろう」

 「豚熱(CSF)の影響でイノシシは減ったが、サルは減らないね。住宅街でも出てくる。果物がなる秋になれば、もっと増えるだろう」  苦々しげに話すのは、飯舘村から避難し、福島市内に住む菅野哲さん(76)。かつて暮らした地域は以前、避難区域になった。村内に畑がある菅野さんはサルの被害が気になり、定期的に見回っている。

避難指示が出ていたころの福島県飯舘村。ニホンザルの群れが民家の庭近くまで下りてきた=2013年3月17日、福島県飯舘村蕨平地区で

 避難区域が設定された浜通り地方では近年、サルによる農作物の被害が急増している。県によると、浜通り地方のサルによる農業被害金額は、2021年度の5万2000円から、22年度には224万3000円へと約43倍に増加した。

◆人を恐れず、屋根の瓦をはがしたり

 サルの個体数も多いようで、22年度の復興庁の調査によれば、12市町村に42の群れがあり、約2600頭が生息すると推定された。県の調査では、他に新しい群れも見つかっている。事故前の生息域は南相馬市や飯舘村が中心だったが、第1原発が立地する双葉、大熊両町にも広がった。  県の担当者は「人間がいなかった地域のサルは警戒心が薄い」と述べ、「屋根の上でのふんや瓦をはがすといった被害もある。正確な数字はないが、人の生活への被害は震災前より感覚的に増えている」と話す。  サルの生息拡大の背後には原発事故がある。  放射線量の高い避難区域が設定され、人がいなくなったために野生動物が活動しやすい環境ができてしまったという。多くの地域で避難指示が解除された後も事故前の水準まで人口が戻らず、サルの群れが目立っている。県の担当者は「今のうちに対処しておかないと被害が広がってしまう。放置すれば帰還できなくなり、復興も進まない」と焦りを口にする。

◆「あらゆる野生動物が被ばくしている」

 18日には、避難12市町村鳥獣被害対策会議が開かれ、モニタリングの必要性や捕獲の担い手確保の問題などが話し合われた。

飯館村役場

 県は捕獲したサルに衛星利用測位システム(GPS)を取り付け、建物や農地にセンサーカメラを設置するなどして群れの動きを監視する。その上で群れごとの危険性を評価し、農作物に被害を与える可能性が高ければ、全頭捕獲も視野に入れる。一方、捕獲の担い手の減少と高齢化を解消するため、地域おこし協力隊の起用も検討する。  しかし、日本の野生動物の生態に詳しい「広島フィールドミュージアム」の金井塚務代表は「全頭捕獲といっても、本当に全て捕獲するのは難しい。何年かすると、捕り逃した中からまた群れができる。人がいないのに捕獲してもあまり意味がない」と、その効果を疑問視する。「まずは人がどのように住むのかを決め、茂った木々を切り開き、サルが入ってこないようにする。捕獲よりも環境整備が先だ」と指摘し、全頭捕獲は時期尚早と訴える。  さらに、野生動物の被ばくの影響を見極めるべきだと強調する。「あらゆる野生動物が被ばくしている。悲しいことだが、サルのデータは貴重なものだ。人が住むための捕獲は、サンプル調査をし、被ばくの実相を明らかにしてからでも遅くないはずだ」  前出の菅野さんはこう憤る。「自然が相手なんで有効な対策はなかなかない。現実に捕獲するのは自治体だけど、大変な労力がかかる。とにかく、人が住めない環境をつくってしまったことにつきる」 

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