海上自衛隊のSH60K哨戒ヘリコプター2機が墜落し、1人が死亡した事故。潜水艦を探知する「最重要任務」の訓練中に衝突した可能性が高いとされ、異常な接近を防げなかった原因が焦点となっている。ヘリ同士の衝突事故は国内外問わず相次いでおり、通常の飛行機と異なるリスクがあるとの見方も。中国や北朝鮮への対応で訓練時間が足りないとの指摘もあるが、どのような対処が必要か。(西田直晃、山田祐一郎)

海上自衛隊の哨戒ヘリ「SH-60K」(出典:海上自衛隊ホームページ)

◆「通常よりも実戦に近い訓練」

 「通常よりも実戦に近い訓練をしていた」。23日午後の記者会見で、海自制服組トップの酒井良海上幕僚長はこう語った。事故は20日夜に発生。ヘリ3機が潜水艦を探知する対潜水艦戦(対潜戦)の訓練中、それぞれ4人ずつが乗る2機が空中で衝突したとみられる。見つかった1人の遺体は横須賀基地に搬送された。  厚木基地に運ばれたフライトレコーダー(飛行記録装置)の解析では、22日時点で機器の異常は確認されていない。

◆接近時の警報システムは遮断

 注目されているのが、複数機が無線を通じ、機体の位置情報を共有したり、接近時に警報を鳴らしたりする「僚機間リンク」というネットワーク構築のシステムだ。SH60Kから導入された機能だが、衝突した2機は切られていた。  海幕長の会見によると、このシステムは任務や状況によって活用しない場合もあるという。2機が別の任務を担っていた可能性も浮上しているが、元海自幹部で軍事評論家の文谷数重氏は「今回に関しては、互いのヘリが至近距離に入り込む形での対潜戦訓練が行われていたと思われる。警報は鳴りっ放しになるので、切断することが許されていたのでは」とみる。

◆従来の訓練より「衝突の危険性が高い」

 今回の訓練では、音波を発信し、反響音から潜水艦の位置を調べるソナーを2機が海中にぶら下げていた。文谷氏によると、以前は音を集めるソノブイを投入し、潜水艦が発する雑音を聴取する探索法が一般的だったが、1990年代以降には潜水艦が高性能化し、音を出さなくなり、今回のような手法が使われるようになっているという。  「3機で海面に『の』という字を、渦巻き状に描いていく形だと推測される。それぞれが順番に次のポイントに移動し、ソナーを海中にぶら下げる。その際は海面に近い高さをとる必要があるので、あまり高度を変えず、僚機の脇を抜ける形となる。ソノブイを用いる訓練よりも衝突の危険性は高い」

海上自衛隊の潜水艦(出典:海上自衛隊ホームページ)

◆夜間の超低空飛行

 2機にはそれぞれ、機長と副操縦士、2人の航空士が搭乗していた。それでも、「互いに衝突コースに位置してしまっても、気付けないケースはあり得る」と文谷氏。「夜間、しかも超低空飛行なので、操縦かんを握る機長と副操縦士は、操縦に加え、海面衝突や(方向や速度を把握できなくなる)空間識失調への警戒などで余力がなくなりがちだ。航空士も必要な作業が多く、僚機の見張りに注意力をあまり割けなかったのかもしれない」  僚機間リンクが接続されていなかった点について、軍事ジャーナリストの清谷信一氏は「運用上の問題、整備上の問題いずれも考えられるが、防衛省は機密扱いとして発表せず、推測の域を出ない」と話す。  事故当時は幹部が部隊の作戦遂行能力を確認、評価する訓練査閲中だったが、「定期的に行われ、普通の訓練よりも気合が入る程度のものだ」と首をかしげる。「海自パイロットは中途退役が目立ち、人手が圧倒的に足りない。規模を縮小しないと成り立たないはずなのに、実際はその逆で隊員にしわ寄せが来ている。疲労蓄積もあったのでは」

海上自衛隊の哨戒ヘリ「SH-60K」(出典:海上自衛隊ホームページ)

 

◆民間、軍用問わず国内外で相次ぐ衝突

 今回の事故の詳しい原因はまだ不明。だが、ヘリコプター同士の衝突事故は民間、軍用問わず国内外で起きている。  民間機では、1996年4月、長野市で発生した山林火災で、取材のため現場を飛行していた地元テレビ局2社のヘリが接触して墜落し、6人が死亡。運輸省航空事故調査委員会(当時)の報告書で、両機が同じ現場上空にいた防災ヘリの動きに気を取られたか、その他の理由で十分な間隔を保てずに接触したと結論づけた。

◆取材や観光のヘリが…

 2007年7月には米アリゾナ州で、警察とトラックのカーチェイスを生中継していた地元テレビ局2社の取材ヘリ同士が衝突、墜落して4人が死亡した。23年1月には、オーストラリア・ゴールドコーストで観光用ヘリが墜落し4人が死亡した。  航空評論家の青木謙知氏は「固定翼機同士よりヘリ同士のほうが事故が多いかどうかは不明」としつつ、「民間ヘリは操縦士が自分の目で確認できる有視界飛行の条件下であれば、どこを飛行するかは自由。ただ、同じ目標を目指し、現場上空に密集する場合は注意が必要だ」と指摘する。  ヘリの空中衝突は、軍用機でも相次ぐ。米軍では、01年にハワイ州で、23年にケンタッキー州でヘリ同士が衝突する事故があり、いずれも死者が出た。国内では、02年に大分県九重町で陸自ヘリ同士が衝突して4人が死亡。21年7月には鹿児島県奄美大島沖で、今回墜落した機と同型のSH60K同士が接触、損傷した。  これらの事故はいずれも夜間の訓練、演習で発生している。青木氏は「計器を使う軍用機も、訓練で編隊を組む際は距離が近くなる。特に夜間は、難易度は高くなる」と強調する。

◆背景に緊迫する対外情勢?

 今回の事故の背景として、近年の緊迫する対外情勢を指摘する声もある。米外交・安全保障専門誌東京特派員の高橋浩祐氏は「特に海自は、北朝鮮による相次ぐミサイル発射への対応や尖閣諸島周辺での中国船の領海侵入に対する警戒など実任務が増加している。現場の隊員からは、訓練機会や期間が圧迫されている現状を問題視する声が聞かれる」と明かす。  米国をはじめとする他国との共同訓練も増えている。23年版防衛白書によると、自衛隊が参加した多国間共同訓練は22年度は46回で、13年度の19回の2倍以上に増えた。その一方で、海自や自衛隊全体の人員は定員割れが続き、人手不足にあえぐ。

東京・市ケ谷の防衛省(資料写真)

◆「現場にしわ寄せ」の指摘も

 高橋氏は「任務増加が直接、影響しているかは分からないが、現場はしわ寄せを感じている。仕事が増えているのに人が入ってこない現状は組織にひずみをもたらす。隊員の安全確保を何より最優先すべきだ」と訴える。  軍事評論家の前田哲男氏は「本来、自衛隊は専守防衛で外敵からの攻撃に対する『拒否力』だった。それが安保法制によって『抑止力』と位置付けられて敵基地攻撃能力も認められることになり、能力を超える任務を抱えている。自然災害の際の対応への期待も無視できず、自衛隊全体が疲れきった状態だ」と現状を言い表す。人員や予算を増やすよう求める声も上がるが、「日本全体の人口や社会が縮小する中、防衛力で中国に対抗し続けるのは困難だ」とする。  山口大の纐纈(こうけつ)厚名誉教授(政治学)は「今回の訓練が軍事的にも政治的にも必要性・妥当性があるのか」と疑問を呈した上でこう訴える。「いたずらに国家間の緊張を高めるのではなく、恒常的な和平への道を模索・提案することで緊張関係を軽減することに全力を挙げることが必要だ」

◆デスクメモ

 遠く離れた海域で起きた事故。深海に沈んだ機体の引き揚げも容易ではない。加えて、「海の忍者」とも呼ばれる潜水艦を探知する訓練は秘中の秘だ。それでも今は捜索と原因究明に手を尽くし、結果を公開してほしい。同じ事故を繰り返さない教訓として。後進の人たちのために。 (本) 

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