熊本県を流れる球磨川の支流、川辺川に建設される予定のダムは1966年に国が建設計画を発表しました。
しかし、環境への影響などを理由に流域の住民による反対運動が続き、2008年、熊本県の蒲島前知事はダムの建設計画の白紙撤回を表明しました。
その後、2020年7月の豪雨で球磨川が氾濫して大きな被害が出たことを受け、蒲島前知事は環境に配慮した流水型ダムを川辺川に建設することを国に求め、国は流域の市町村にダムの説明を行うなど建設に向けた動きが進められていました。
このうち、地域の一部が水没すると想定されている五木村は、これまで国などから村の振興策を提示されてきましたが、建設に対する賛否の判断を示してきませんでした。
五木村では21日、住民を対象とした集会が開かれ、木下村長が「流水型ダムを前提とした村づくりに向けて新たなスタートラインに立つべきと判断した」と述べ、建設を受け入れる考えを表明しました。
これに対して住民からは「振興策があるのならば賛成する」といった意見が出された一方、「ダムを前提としない村づくりはできないのか。もっと住民どうしでしっかりと話をする機会を作るべきだ」などと反対する意見も出ました。
ダムの建設について、国は2035年度の事業完了を目指していて、計画発表から50年以上が経過したダムは、住民の間に反対意見が残る中、着工へ一歩進んだ形となりました。
五木村とダム建設計画の歴史
五木村は、川辺川ダムの建設計画により村の中心部の移転を余儀なくされた歴史があります。
川辺川ダムの建設計画は、球磨川の流域で1963年から3年連続で起きた水害を受けて、治水対策として持ち上がりました。
1966年に国が計画を発表し、ダムで中心部が沈むことになった五木村では、村民の反対運動が起こり、裁判にまで発展しましたが、1996年、村はダムの建設に合意し、ほとんどの住民が高台に移転しました。
一方、その後も流域で反対運動が広がったことなどを受け、2008年に当選した蒲島知事は「ダムによらない治水対策を追求すべきだ」として、川辺川ダムの建設計画の白紙撤回を表明しました。
その後、ダムによらない治水対策の本格的な検討が始まり、川幅の拡大や川底の掘削、それに洪水の際、一時的に水をためる遊水池の整備など複数の対策を組み合わせる方法が検討されました。
しかし、工期や費用の面から実現可能性が疑問視され、抜本的な対策が講じられないまま、2020年7月の記録的な豪雨により、球磨川は再び氾濫。
流域に大きな被害が出たことを受け、蒲島知事が方針を転換し、環境に配慮した流水型ダムを川辺川に建設することを国に求める考えを表明しました。
流水型ダムでも五木村は貯水時に一部が水没すると想定されており、村は建設の賛否について、判断を示してこなかった一方、国や県に対し、振興に向けた要望書を提出し「持続的な発展に必要な地域振興の取り組みを県、村と連携して行う」などとする回答を国から得ていました。
五木村の木下丈二 村長は、4月12日の県庁での報道陣の取材に対し「新たなスタートラインに立つときが来たと判断している」と述べ、21日の村民集会でダムを受け入れるか、表明する考えを示していました。
建設が予定される流水型ダムとは
球磨川の治水対策として、支流の川辺川に建設が予定されている流水型ダムは、高さが100メートル余り、幅が262メートル、総貯水容量はおよそ1億3000万トンで、治水専用のダムでは、国内最大の規模です。
流水型ダムは、大雨の時以外は水をためずそのまま流す構造で「穴あきダム」とも呼ばれ、環境への負荷が比較的小さいとされています。
国は、川辺川での流水型ダムについて、平常時に川の水が流れる場所に3つの穴を設け、ふだんはこれらの穴を開放し、可能なかぎり自然の流れを維持するとしていて、大雨の時は、3つの穴を閉めて水をため、ピークが過ぎたのち、放流する運用を見込んでいます。
ダムが建設される相良村に隣接する五木村では、ダムの貯水時に村内の一部が水没すると想定されています。
ダムの効果をめぐって、国は、2020年7月の豪雨を受けて行った検証で、川辺川ダムが建設されていれば、人吉市周辺の浸水範囲を6割ほど減らせたなどとした結果を公表しています。
一方、被災した流域の住民の中にはダムの効果は川辺川の上流に大雨が降った場合に限られるほか、想定以上の大雨が降れば、「緊急放流」が行われることになり、下流域が増水して、より危険な状態になる可能性もあるなどとした反対の声が、依然として残っています。
ダム建設受け入れ表明に 五木村の住民は
五木村の黒木晴代さん(67)は、木下丈二 村長がダムの建設を受け入れる考えを表明したことについて「村民の民意はすくい上げられておらず、悔しかったし悲しかった。ダムではなく、清流をいかした村づくりの方が若者が多く訪れる村になると思う」と話しました。
黒木さんは、五木村を流れる川辺川沿いでペンションを営むとともに、観光ガイドも務めていて、訪れる人たちに村内の自然の魅力や歴史を伝えたり、日本を代表する子守唄の一つ「五木の子守唄」を披露したりしています。
結婚を機に村に移り住んだのは40年余り前で、当時から、ダムへの賛否、補償をめぐって、住民の間で意見が分かれるなど、わだかまりが生じ、巨大な公共事業の弊害を感じたといいます。
黒木さんは「住民どうしで打ち解けて話をしたいのに、ダムが頭にあるから、しゃべることもままならなかった。水没する場所はもともと家が多くあり、にぎわっていたのに、今は何もない。その前の姿を知っているから、悲しい」と振り返りました。
2008年に蒲島前知事が、計画を白紙撤回したものの、2020年7月の豪雨を受けて方針を翻し、流水型ダムの建設を国に求めたことに戸惑いを感じながらも、国の環境への影響調査に対して意見書を提出したほか、県が開く公聴会に参加しました。
黒木さんは「川とともに生態系が壊れ、魚が消える可能性は残っていると思う。日本一大きなダムを作るという実験材料に使われてる気がして、怒りしか感じない」と語りました。
21日の集会に参加した黒木さんは、村長がダムの建設を受け入れる考えを表明した際に目元を拭い、その後も目を閉じて、話を聞いていました。
黒木さんは「住民が意見を述べられる集会がもっとたくさん開かれればよかったのに、いきなりきょう、村長が考えを表明した。民意がすくい上げられず、悔しかったし、悲しかった。小さいけれども、振興策で頑張ってきた村に、なぜダムをもってくるのだろうと思います。水につかるという場所には、多くの平地があって、住む場所も、企業を誘致できる場所もある。想像ができないダムを建てるよりも、清流をいかした村づくりのほうが、若者も多く訪れる村になると思う」と話していました。
熊本県知事「理解が深まるよう 国と連携して取り組む」
五木村の木下村長がダムの建設を受け入れる考えを表明したことについて、熊本県の木村知事は「五木村を含む流域の皆様のご理解が深まるよう、国と連携して取り組むとともに、五木村の振興については、村の皆様のご意見をしっかりと受け止め、振興を目に見える形でスピード感をもって進めて参ります」とコメントしています。
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