医療法人「徳洲会」の設立者で元衆院議員の徳田虎雄(とくだ・とらお)さんが10日夜、死去した。86歳。難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症し長期療養していた。葬儀は家族葬で行う。徳洲会が後日、お別れの会を開く予定。  兵庫県高砂市で生まれ、鹿児島県・徳之島で育った。大阪大医学部卒。1975年に徳洲会を設立、理事長に就任した。「命だけは平等だ」の理念を掲げ、離島などの医療過疎地を中心にグループの病院を各地に開設した。  83年の衆院選の奄美群島区に初出馬。故保岡興治元自民党衆院議員との間で「保徳戦争」と呼ばれる激しい選挙戦を繰り広げた。90年の衆院選で初当選。94年に政党「自由連合」を結成し、95年に村山内閣で沖縄開発政務次官に就いた。96年の衆院選で落選したが、2000年に鹿児島2区から返り咲いた。衆院議員を計4期務めた。  ALSを発症し、次第に体の自由が利かなくなり、05年に政界から退いた。次男は元自民党衆院議員の毅氏。  12年衆院選を巡り、公選法違反で毅氏(議員辞職)の陣営幹部らが逮捕、起訴された事件では東京地検特捜部は中心人物とみていたが、ALSの回復の見込みが立たないとして起訴猶予処分とした。捜査の過程で徳洲会側が東京都知事就任前の猪瀬直樹氏に5千万円の選挙資金を渡していたことが判明、猪瀬氏は13年12月に知事を辞職した。


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