公立の博物館・美術館の資料を保管する収蔵庫が限界を迎えている。地域で歴史や文化を学ぶために必要な施設だが、十分な収蔵スペースが確保できなければ、資料や文化財の保存、活用もおぼつかない。一方で、収集を続ける資料を維持、管理するには相応のスペースが要り、経費もかかる。とはいえ、財政に余裕がある自治体ばかりではない。どうすればいいのか。(宮畑譲)

◆保育園だった建物まで使い それでも室内に収まらない

天井近くまで古い木製の農機具が積まれた収蔵庫=神奈川県藤沢市で

 天井近くまで山積みになった木製の脱穀機。くわ、すきなどの農機具などもラックいっぱいに詰め込まれている。地元で出土した石器や土器の破片などを収容した箱が立すいの余地もなく並ぶ場所もある。  JR藤沢駅近くの住宅街にある、かつて保育園として使われていた建物内。市民から寄贈を受けた郷土資料が所狭しと並べられていた。収まりきらず廊下に置かれた資料もあり、古い建物には雨漏りする場所もある。神奈川県藤沢市では、公民館や図書館を含めた計4カ所で未整理分も合わせて計約5万2000点の考古・民俗資料を収蔵している。

別のスペースでは、土器の破片などが入った箱がぎっしりと並んでいた=神奈川県藤沢市で

 「まだ入るスペースはあり、保管状況にも問題があるわけではないが、現状が望ましいわけではない。一日も早く新しい建物を建てて集約したい」。市郷土歴史課の菊地誠課長が話す。  市では2025年度に新しく文化財の収蔵庫を建てる予定だったが、ロシアのウクライナ侵攻後の物価高を受け、建築予定費が当初の約5億円から倍以上に高騰。見直しを迫られた。  新設予定は変わりないが、場所も確定しておらず、現状では「どんなものが求められるのか検討している段階」だという。菊地課長は「他の自治体の担当者とも『置くとこないよね』という話になる。後世に伝えていくべき郷土資料だとは思うが、現状では新設以外に解決策を見いだせない」と嘆く。

◆国立科学博物館でさえ、危機を訴えクラウドファンディング

 こうした状況は藤沢市に限った話ではない。同様の事態が各地の公立博物館・美術館で起きている。

国立科学博物館が実施したクラウドファンディングのホームページ

 500万点以上の標本や資料を誇る国内最大規模の国立科学博物館は昨年、コロナ禍や燃料費の高騰などの影響で業務が立ちゆかなくなるとして、クラウドファンディング(CF)を行った。踏み切った要因には、資料の一部が収まり切らないなど収蔵の問題もあった。集まった約9億2000万円のうち、約6億円は収蔵品の維持管理や収蔵庫の新設などに充てる。

◆大阪府は美術品を地下駐車場に置いた

 将来の資料収集ができなくなるため、収蔵品を放出するという例もある。  鳥取県北栄町の歴史民俗資料館「北栄みらい伝承館」は18年、民具などの資料473点を希望者に無料で譲渡した。収蔵品の約5分の1に上ったが、現在も新しい収蔵庫を建てる予定はない。担当者は「スペースに限りはある。当時を機に寄贈品を厳選するようになった」と話す。  大阪府では昨年、収集した大量の美術品が府庁舎の地下駐車場に置かれていたことが発覚した。府は「検討を重ねたが他に適切な場所がなかった」と説明。美術館の新設計画が頓挫し、行き場を失ったことも理由だが、他の収蔵スペースに余裕があれば、起きなかった問題と言える。

◆収蔵庫がパンパンな施設は増えている

 全国の博物館や美術館の収蔵に余裕がないことは、数字からも明らかだ。  2020年、日本博物館協会が全国の公立博物館や美術館などにアンケートした報告書を公表した。報告書によると、収蔵庫の資料が占める割合が「9割以上(ほぼ、満杯の状態)」と答えた館は全体の33.9%を占めた。「収蔵庫に入りきらない資料がある」という館も23.3%に上った。  二つを合わせた数字は57.2%となり、3年前に公表した前回調査から10ポイント以上も増加した。さらに、27.2%が館の外部に収蔵庫を設けており、設けてはいなくても「必要としている」が31.9%にも及んだ。

◆「見える収蔵庫」宮城県美術館が2025年に増設

宮城県美術館の「見える収蔵庫」のイメージ図

 収蔵庫不足は深刻だが、用地や予算の問題から簡単に増設できるわけではない。そもそも、展示されるのは所蔵品のごく一部で、多くは「死蔵」されている。現状では、公立博物館・美術館の使命の一つである資料の収集、保存が果たせないだけでなく、住民が必要性を感じることも難しい。  こうした事態を改善しようと、来館者が見られる「見える収蔵庫」を設置する動きもある。  25年度にリニューアルオープン予定の宮城県美術館は、収蔵庫を増設し、一部を来館者が見られるようにする。開館は1981年で、老朽化が改修の主な理由だが、狭くなった収蔵庫の拡張も目的の一つにある。  美術館は取材に「収集活動を余裕をもって行えるように増設する。作業の安全を確保することも目的だ」と説明。改修後は「『見える収蔵庫』で美術館が行っている文化財の収集保存活動を知ってもらい、他にはない鑑賞体験ができる施設にしたい」とする。

◆「デジタルアーカイブ化を進めることは大前提だ」

 【文化政策に詳しい同志社大の太下義之教授の話】
 現在の日本は、今ある公立博物館・美術館がつくられた時に想定していなかった人口減少社会になった。税金という原資が減る中で、収蔵品を増やしつつ保存しなくてはいけないという、矛盾する、解決困難な問題に直面している。  日本は世界でも先進的な少子高齢化社会。現状を肯定的に捉えるなら、世界でこの問題に最初に対処する国として、創造的な解決策を打ち出せるかが試されている。  閉館は最後の手段としたいが、今後は市町村単位で全ての博物館・美術館を維持することは難しくなる可能性は十分にある。残す、やめる、という選別が起きないとは限らない。集めたコレクションはいったん散逸すると二度と元に戻らない。閉館する際に収蔵品や建物をどうするのか。国が受け皿となって整理する「ミュージアム・コレクション機構」のような組織をつくるべきだ。  一方で、根本的に国民の間で美術品や文化財の収集、保存が大切だという認識が深まらないと政治、行政は動かず、状況も変わらない。その手段として、デジタルアーカイブ化を進めることは大前提だと言える。収蔵品のうち展示できるのはごく一部。多くの人が見て、利活用できるようになるが、日本は非常に遅れている。  実物を見られるのであれば、それに越したことはないが、デジタルアーカイブ化によって遠隔でも鑑賞、利用できるようになれば、教育や観光、福祉などへの活用法は広がる。日本のミュージアムは潜在的な能力を最大限に発揮できているとは言えない。国民に働きかけるための手段はまだまだあるはずだ。

◆デスクメモ

 歴史的資料や美術品の保存場所が乏しい。移設や増設のお金がない。そんな話に心がざわつく。そもそもなぜ文化に予算を投じないのか。思考を深め、心を豊かにする分野でも行政的に優先順位が下。かたや国益や経済性がもてはやされる。この風潮を改めないと人の心がすさんでいく。 (榊) 

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