小学校に隣接する神奈川県鎌倉市の学童保育施設で5月、「自衛隊体験」と称したプログラムが行われたことが分かった。敬礼など自衛隊式のあいさつを体験し、中には保護者の了承がないまま参加した子もいたという。隊員不足を背景に、低年齢の子どもを対象とした自衛隊のPRは、適切なのか。保護者からは「歯止めがきかなくなる」と不安の声が上がる。(曽田晋太郎、山田祐一郎、安藤恭子)

◆チラシのQR、スキャンしてみると…

配布された自衛隊装備品を紹介するパンフレットやメモ帳(一部画像処理)

 鎌倉市の学童保育施設で、自衛隊体験プログラムが開かれたのは5月29日。市などによると自衛官4人が講師となり、小学1〜6年の48人が参加。市職員も立ち会い、屋内で1時間、整列や点呼、敬礼や、船をつなぐロープの「もやい結び」を体験。活動紹介のビデオも見たという。  申込制のはずだったが、スタッフがその場にいた子たちに声をかけ、集まった16人も参加。戦闘機や護衛艦の能力を伝えるチラシや、自衛官募集公式ユーチューブにリンクするQRコードが付いたメモ帳などが手渡されたという。  低学年の児童を施設に通わせる父親は、「申し込みはしていない。年端もいかない子が、敬礼など軍事教練のようなことをさせられた、と後で知ってびっくりした。自衛隊はいざとなれば、武器を持って戦う組織。学童の事業として適切なのか」と疑問視する。

◆「特定の思想を普及する目的でなく、適切」と鎌倉市

 市青少年課の担当者は「こちら特報部」に対し、「さまざまな仕事への理解を深め、防災意識を高めてもらう一環。特定の思想を普及する目的で行ったものではなく、適切だった」と回答。申し込んでいない子まで参加させたことについては、「子どものやりたいという意思を尊重したいが、今後は家庭の要望も受け、申し込んでいない子は参加しないようにするなど対応したい」と述べた。

鎌倉市役所

 そもそも、どういう経緯で開かれたのか。市によると、指定管理者が企画し、自衛隊神奈川地方協力本部に依頼した。市内では昨年5月、別の学童保育施設でも、自衛隊の親子体験が行われたという。  神奈川地本の担当者は「小学生は自衛官募集の範疇(はんちゅう)ではないが、私たちとしては要望にできる限り応えたいと考え、職業として知ってもらう広報活動の一環で協力した」と説明。県内で広報・啓発目的の親子向けイベントを開くことはあるが、学童保育や小学校を訪れての同様の事業は、他に「聞かない」とした。

◆「まだ知識や批判の力をもたない子どもに…」

 一方で、父親は首をかしげる。「春以降、自衛隊以外の職業紹介はされていない。これが許されれば、次は行進や模擬銃の取り扱いも『知るきっかけ』とされて、歯止めがきかなくなる。まだ知識や批判の力をもたない子どもには、戦争につながるものに近づいてほしくない」と市の責任で中止するよう求める。  名古屋大の中嶋哲彦名誉教授(教育行政学)によると、学校教育法や学習指導要領に基づく学校教育と異なり、学童保育に関して指導を規定する基準はない。ただし「学校教育に比べ自由度があるからといって何をやってもいいという話ではなく、自制的でなくてはならない」と指摘する。

児童に配られたメモ帳にあるQRコードを読み取ると自衛官募集の公式ユーチューブにつながる

 成長期の子に適切な指導を提供するのは学童保育の使命だ。「時に武器を使う自衛隊を招いて、軍事に関することを子どもが経験するというのは、一方的な観念を植え付けかねない。平和憲法を持つ国の教育施設として、想像力を働かせないといけない。今なぜ自衛隊体験が必要か、説明する必要がある」と語る。申し込んでいない子が参加した点にも「保護者の教育権に対する重大な侵害とも言える」と苦言を呈した。

◆中学生にも募集公報「防衛次官通達に違反する」

 自衛隊のPRが問題視された事例は、他にもある。  「子ども食堂で、自衛隊が勧誘とも受け取られる活動を行っている」。6月4日の参院農林水産委員会。紙智子氏(共産)が、自衛隊札幌地方協力本部が昨年9月、札幌市内の複数の子ども食堂に対してメールを送信し、広報や募集に関するパンフレットを届けたことを問題視した。中学生に対する自衛隊の募集広報は保護者か学校の進路指導担当者を通じて行う、とする2003年の防衛次官通達に違反すると指摘した。  今年1月には子ども食堂の職員を含む6人が、陸上自衛隊東千歳駐屯地を見学し、車両の体験搭乗などをしたという。防衛省の担当者は「自衛隊や自衛官について幅広く知ってもらうことが目的。特定の中学生に対する直接の募集ではない」と説明した。

◆続く定員割れ「獲得競争はより熾烈」

 「子ども食堂や学童保育施設という、貧困や教育福祉の現場と言える公的な場所が、自衛隊のリクルートのような活動に使われるのはどうか。特定の企業が採用のチラシを置くなどの行為をすれば、問題になるはずだ」と自衛隊の人権に詳しい佐藤博文弁護士は指摘する。「国があっての国民という国防優先の考えの下、自衛隊ならば許されるという特別扱いがある」と強調する。

自衛隊機の展示や、F15戦闘機などの飛行が行われた小松基地航空祭=2023年10月、石川県小松市で

 背景にあるのは人員不足だ。昨年3月末現在の自衛官全体の定員約24万7000人に対し実員数は約22万8000人。近年、定員割れの状態が続いている。  5月9日の参院外交防衛委員会で、元陸上自衛官の佐藤正久氏(自民)は現状を「人的有事」と言い表した。19年に1万4000人だった自衛隊の新隊員数は、23年は8000人台にまで減少したとし「防衛力の抜本強化と言っても人がいない」と指摘。木原稔防衛相は「あらゆる産業で深刻な人手不足で、人材獲得競争はより熾烈(しれつ)になっている」と答弁した。

◆「自衛隊への個人情報提供にお墨付き」

 全国の自衛隊地方協力本部が、自衛官募集のため、高校卒業する18歳や大学卒業する22歳に向けて送るダイレクトメール(DM)も問題視される。多くの自治体が住民基本台帳の閲覧や書き写しを認める形としていたが、安倍晋三首相(当時)が19年に「都道府県の6割以上が新規隊員募集への協力を拒否している」と発言したのを機に、個人情報を紙や電子媒体で自衛隊に提供する自治体が増えた。  敵基地攻撃能力(反撃能力)保有や武器輸出ルールの緩和など、岸田政権下で戦後日本の安保政策が大きく転換している。「装備品や任務の拡大で防衛力の強化を進める一方、人の問題は後回しにされてきた」と話すのは防衛問題に詳しいジャーナリストの布施祐仁氏だ。  「自衛隊への個人情報提供にお墨付きを与えるというのは、警察や消防ではないこと。裏を返すと、それだけ隊員の確保が難しくなっているということだ。そのため、若い世代や貧困世帯への意識付けが行われている」

◆「アニメやゲームの戦争と現実は違う」

 日本も批准する「子どもの権利条約」を補完する選択議定書では、18歳未満を敵対行為に直接参加させないことや徴兵をしないよう規定している。知識のない子どもに自衛隊をPRすることに問題はないのか。  子どもの権利に詳しい早稲田大の喜多明人名誉教授(教育法学)は「自衛隊は社会で議論があるテーマであり、親の目の届かないところで子どもを巻き込むのは好ましくない」と話す。  06年の教育基本法改正で盛り込まれた「愛国心」の醸成と自衛隊への理解が一体となっているとし、低年齢化する広報活動をこう問題視する。「アニメやゲームの世界の戦争と、現実は違うという認識を持つ前の段階の子どもを、自衛隊が引き込もうとすることに危うさを感じる」

◆デスクメモ

 ゆるキャラや自衛官グラビアといった自衛隊広報のソフト化は、隊員募集に困ったバブル期に進んだという。バラエティー番組でタレントがほふく前進し、笑顔でミサイルを紹介する先には攻撃を想定する国の人々がいる。有事に備えた現実と広報が乖離(かいり)し過ぎていないか。(恭) 

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。