愛知県一宮市の無職、遠矢姫華被告(29)は、おととし2月、自宅で、5歳と3歳、それに0歳の幼い3人の娘の首を絞めて殺害したとして殺人の罪に問われました。
これまでの裁判で、検察が懲役25年を求刑し、被告の弁護士は「重度のうつ病で心神喪失の状態だった」として無罪を主張していました。
11日の判決で、名古屋地方裁判所の吉田智宏裁判長は、「被告は真面目で責任感も強いが細部にこだわる傾向があり、子どもの食事面での配慮について行き詰まっていた。理想とする母親像に及ばない、家族に申し訳ないなどの思いから自殺を考え、最終的に子どもたちを母親のいない世界に置いていくことはできないなどと考え無理心中を決意した。幼い3人にとってみれば最愛の母親の手によって突如、将来を絶たれていて、その苦痛を思うと言葉にできないものがある」と指摘しました。
そのうえで、「責任能力は認められ、身勝手な犯行で強い非難は免れないが、相当に思い詰めて抑うつ状態だったことは疑いがなく、当時の被告にとって適切に対応することは難しかった」として、懲役23年を言い渡しました。
今回の裁判で経緯が明らかに
今回の裁判では、被告人質問や当時の夫の調書などから、殺人の罪に問われた29歳の母親が、真面目で完璧主義的な性格から、自分を追い詰めていった経緯が明らかになりました。
母親 産後うつと診断
当時の夫の調書などによりますと、母親は、2016年に長女を出産する前後は夫の実家で生活し、義母に家事をしてもらいながら子育てに専念していました。
そのあと、夫と長女とともに新居に引っ越し、3人での生活を始めましたが、だんだんと笑顔がなくなり産後うつと診断され、2017年の3月からは心療内科におよそ4か月通院したといいます。
しかし、母親は「服用する薬が母乳に影響するのでは」などと不安になって通院をやめ、そのあと通院はしなかったということです。
子どもの食事は手作り出来合いは与えない
2018年に次女を出産し、そのあと、次女に卵アレルギーがあることが分かりました。
母親は、調理師免許をもっていて添加物に気をつかうようになり、できるだけ食べ物は手作りして出来合いのものは与えないようにしていたということです。
2021年には三女が産まれ、次女が生まれたときと同じように義母に手伝いに来てもらっていましたが、義母の法廷での証言などによりますと、新型コロナのワクチン接種をめぐる考え方の違いなどから、母親は、義母の手伝いを拒否し、三女の首がすわるころからは基本的にひとりで3人の子どもを見るようになったといいます。
スマホで悩みへの答えを検索
さらに、事件当時、長女が通う保育園が新型コロナの感染者が出たことで休園しました。
母親は被告人質問で朝、昼、晩の料理のほか、掃除、洗濯、お風呂に入れる、寝かしつけなどをこなす毎日だったと話しました。
検察が裁判で明らかにした証拠によりますと、「時間の管理ができない」、「献立がたてられない」などと思い悩み、このころ、毎日のように、家事・育児関連の悩みなどについてスマホで何十件もの検索をしていました。
時には「子どもの健康は親の責任だ」という趣旨のSNSの投稿を保存するなどしていたということです。
“最後に喜ぶ顔が見たかった”子どもの好物を買う
事件当日。
母親は買い物に行き、健康に悪いとしてふだんは子どもに与えていなかったレトルトカレーやドーナツなどを買ったり、子どもたちに人気の、おもちゃつきのファーストフードを買ったりしたといいます。
母親はこのときの気持ちについて被告人質問で、「私が死にたいと思っていたので、最後に子どもの喜ぶ顔が見たかったです」と話しました。
そのあと、3人の首を絞めて殺害し自身も死のうとしましたが、死ぬことができなかったということです。
そして、「私が母親でいいんだろうか。子どもたちにやってあげたいことがあるのにうまくできなかった。子どもたちにひどいことをしてしまった。申し訳ない気持ちでいっぱいです」などと話しました。
子育て支援のNPO法人“周囲の人を育児に巻き込んで”
この裁判を傍聴した子育て支援に取り組むNPO法人「ママライフバランス」の代表、上条厚子さんは、「人と比較して自分を追い詰めないようにして周囲の人を育児に巻き込むことが当たり前になってほしい」と呼びかけています。
高校生と小学生の2人の娘がいる上条さんは、産後うつに苦しんだ経験があり、育児に苦しむ親を減らしたいとNPOを立ち上げ、子育て支援を始めました。
おととし2月、事件のニュースを見て、「決して許されることではないが一歩間違えれば、あのお母さんは自分だったかもしれない」と感じて裁判の傍聴を続け、事件の背景には2つの要因があったのではないかと考えています。
1つは、被告が「子育ての正解を求め、スマホ検索で比較しすぎてしまった」ことです。
真面目で完璧主義的な性格で食物アレルギーのある娘のために添加物に気をつかい、食事をほぼ手作りしていたという被告は、スマホで「危ない人工甘味料」「勉強できない子特徴」など、家事・育児についての悩みや、レシピなどを毎日のように何十件も検索していました。
時には、「子どもの健康は親の責任だ」などというSNSの投稿も保存し、「献立がたてられない」、「自分には教養がない」などと自分で自分を追い詰めていく被告の姿が強く印象に残ったといいます。
上条さんは、「『こうしたほうがいい』というSNSなどの情報と自分、という関係性のなかで、『正解はこうだけどこことここもOKだよ』という遊びみたいな部分がなかった。育児に対し視野が狭くなって『ちゃんとしなくちゃ』が強くなっていってしまったのではないか」と話していました。
2つめの要因として視野を狭めていく被告に「できていなくて当たり前」と声をかけてくれる味方がいなかったことを指摘しています。
上条さんは「専業主婦で子どもを育てていると、主担当は自分だと無意識に思う部分がある。私自身もパートナーが帰ってくる前には掃除などを終え、夜ごはんを作って待っておくのが自分のタスクでそれができなければ『ごめんね』と思ってしまっていた。0歳、3歳、5歳の子どもを育てていて、夜ご飯が出来ていないのは当たり前だと誰かが言ってくれれば、全然違ったのではないか」と話しました。
上条さんは、今回のような事件を防ぐには、夫婦で育児のリアルを知っておくことが必要であり、夫婦だけで育児をするのではなく周囲の人を巻き込むことが当たり前になってほしいと考えています。
そのために、親どうしのコミュニティーづくりなどに取り組んでいて、出産前に先輩夫婦の育児中の困り事や、自分たちが住む地域での頼る先などを知ってもらい、出産後には情報や悩みを共有して「育児はこのくらいでいい」ということを知ってもらうようにしています。
上条さんは「自分たち親子以外の事例や、この困りごとにはこのサービスを使えるといった情報を知っているだけで、孤立を防ぐことができることも多い。今後、国をあげて、そうした仕組みづくりができればと思う」と話していました。
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