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アテネ滞在3日目の27日午前、佳子さまは大統領を表敬訪問し、その隣にある首相府で首相夫妻と懇談した。報道陣はセキュリティーチェックに時間がかかるので、現場を掛け持ちする取材はできなかった。5月の宮内庁記者クラブの幹事である私は、こうした調整も業務のひとつだった。

(ギリシャ・ケルキラ島=テレビ朝日社会部・遠藤行泰)

■掛け持ちはできず各社手分けして取材 ジャンケンで決める

ギリシャのサケラロプル大統領と懇談する佳子さま

大統領府の取材を希望する社が多かったが、首相側の取材も無視はできない。取材内容は共有することにして、担当する現場を各社に割り振った。幹事社の私は「ジャンケンで勝った人が首相府に行くことにしよう」と提案し、そういう時に限って私はいつも勝ち残るのであった。

首相府に行くと、官邸の中を犬が走り回っていた。聞けば首相夫妻が保護犬を飼っており、佳子さまとの懇談にも「同席」するという。一気にやる気になった。佳子さまの近くを犬が走り回る。何なら、佳子さまのひざの上に跳び乗ってくださいと、心の中で犬に懇願した。

しかし、取材前に首相府の職員から注意事項が示された。冒頭、数分間の取材をしたら記者と報道カメラは退席、首相府と宮内庁の記録カメラは残っていいというものだった。私は日本大使館のスタッフに通訳してもらい、もう少し残ることができないか交渉した。数分間では、首相夫妻が話をして終わってしまう。日本の記者団は佳子さまが何を話されるのかが聞きたいのだ。それでも、首相府の職員は応じてくれなかった。

■聞きたかった声 「お宝映像」になるはずがカメラなく…

ギリシャのミツォタキス首相と懇談する佳子さま

大統領の表敬を終えた佳子さまが、首相府の応接室に姿を見せられた。控えめな佳子さまは予想通り聞き役に徹し、首相夫妻との懇談の取材時間は終了し、私たちは退出させられた。すると廊下に例の犬が腹ばいに寝そべっていた。

ギリシャを訪問した佳子さまが大統領を表敬し、首相夫妻と懇談する。これ以上にないハイライトのはずだ。しかし、どうしてだろう。佳子さまの声を聞くことのできない現場は心が動かない。後で懇談の中身を知ることができても心が躍らない。ちなみに犬は帰り際に佳子さまに駆け寄り、佳子さまがなでていたという。それが撮影できなかったのが悔やまれる。

午後、佳子さまは洋服に着替えられ、第1回近代オリンピックの会場を視察された。まず、佳子さまが入口で関係者の出迎えを受ける場面の取材が設定された。その後、全席石造りの観客席前を通過するシーンは撮影なし、併設された博物館の中を視察するシーンの撮影が再び設定された。ここで、また残念なことがあった。案内役の元水泳ギリシャ代表の五輪委員会会長が佳子さまに「観客席のロイヤルボックスに座ってみませんか」と提案した。佳子さまは石の階段を上り、石のロイヤルボックスに腰をかけられた。それはお宝映像のひとつになるはずだったが、取材設定がないので、その場にカメラマンがいなかった。記者がスマホで撮影できればよかったが、それは許されなかった。

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■1日に5件の公務 「ギリシャ料理、全部好きです」

■1日に5件の公務 「ギリシャ料理、全部好きです」

柔道クラブの若い選手たちと握手する佳子さま

佳子さまが次に訪問したのは柔道クラブだった。佳子さまは16人の若者が柔道の練習をする様子をご覧になった。その後、8人ずつ2列に並び、取材カメラに近い手前から奥へと順々に握手をして声をかけられた。8人全員が終わると、前後の若者が入れ替わり、佳子さまは、奥から順々に私たち取材陣の側のいる方へと、再び一人ひとりと握手をしながら声をかけ始めた。

このシーンはどこかで見たことがある。私は、はたと気が付いた。映画「ローマの休日」のラストシーンだ。各国を親善訪問中、ローマで、宿泊していた宮殿を抜け出したオードリー・ヘプバーン演じるアン王女が、スクーターに乗ったり、ジェラードを食べたりして1日を共に過ごしたグレゴリー・ペック演じる新聞記者に最後の別れを告げようと記者会見の後、「お近づきの印に」と、奥から順にメディア関係者に握手をして話しかける、あのシーンだ。

この日、佳子さまは1日に5件をこなす忙しさだった。大統領表敬、首相夫妻との懇談、近代オリンピック会場の視察、柔道クラブの視察、そしてギリシャで暮らす日本人との懇談だ。その日本人との懇談では、ギリシャ料理研究家の女性から「お好きなギリシャ料理は何ですか」と聞かれ、佳子さまは「全部好きです」と答えられた。

佳子さまとアン王女には重なるところがある。「ローマの休日」の記者会見でも、思い出に残る訪問国を聞かれたアン王女が言う。

「どの国もそれぞれ思い出深く…」

しかし、アン王女はこう続けるのだ。

「ローマです!私はここでの思い出を生涯大切にすることでしょう」

■ろうあ者施設では出迎えの関係者にギリシャ手話で挨拶

ろうあ者施設を訪れた佳子さま

29日午前、佳子さまは国立のギリシャのろうあ者施設を視察された。カウンセリングやオンライン手話サービスなどでろうあ者を支援する施設だが、佳子さまはギリシャ手話の教室に参加されるということだった。

佳子さまは日本手話が上手で、去年11月のペルー訪問では、首都リマで、ろう学校を訪問し、1カ月半にわたり予習したペルー手話を披露されたことが話題になった。

到着し出迎えた関係者1人ひとりに佳子さまは、さっそく手話で挨拶された。後で知ったが、それはギリシャ手話だった。

「きょうはここに来ることができ、お会いすることができて嬉しいです」

佳子さまは、やはり、ギリシャ手話を予習して臨まれていたのだった。リマでの取材と同じように心が動いた。

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■重大な幹事業務 市長との会話に割り込み佳子さまに声かける 

■重大な幹事業務 市長との会話に割り込み佳子さまに声かける 

午後、佳子さまは、航空機でアテネからケルキラ島に移動された。私たちも同じ便だったが空港に到着すると雨が降っていた。通り雨ですぐにやむだろうと思っていたら、雨はますます激しくなった。佳子さまは、世界遺産の旧市街を視察される予定だった。

「この雨、やんでくれないと困るんだよな…」――。私はケルキラ島で重大な「幹事業務」を担っていた。旧市街の視察を終えられた佳子さまに立ち止まってもらい、代表で質問するというものだった。しっかりと取材設定がなされている訳ではなく、歩いている佳子さまに気が付いてもらい、自然に答えていただくというものであった。

佳子さまが旧市街に姿を見せられた時は、大雨が嘘のように晴れ渡った。佳子さまに限らず、皇室の取材現場ではこうしたことが度々起こる。

世界遺産の味わいある街並みの100mほど奥に、佳子さまを中心とした一群が私たちの方へと歩いて来るのが見えた。だんだんと佳子さまの姿が大きくなってくる。佳子さまの横にはケルキラ市長がいて会話をしている。しかし、今、声がけをしないと佳子さまは私たちの前を通過してしまう。私は大きく声をかけた。

ケルキラ島で笑顔で手を振る佳子さま

「佳子さま!」

市長がギリシャ語で私に向かって何か言ったが、私はもう一度、お名前を呼んだ。そして尋ねた。

「佳子さま、ギリシャの旅も終わりが近づいてきました。こちらでの日々を振り返っていかがですか。そして、残りの時間をどのように過ごされたいですか」

佳子さまがお答えになった。

「訪問させていただいた場所それぞれ魅力的で皆さまに温かく迎えていただいて、とてもありがたく思っています。この後、2日間ギリシャを感じながら過ごしたいと思います」

そして佳子さまは、沿道の人々に手を振って微笑まれた。

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