美容医療のトラブル急増
注目
医師が“名義貸し”状態 クリニックの管理者に
「診療態勢に問題」 元スタッフが証言
「一般社団法人」 監督官庁なく医療法人の規制対象外
専門家「一般社団法人のクリニック 行政の監視強化を」
脱毛や美容整形、薄毛治療、医療ダイエットなどの「美容医療」は、ほとんどが公的な医療保険が適用されない「自由診療」で行われ、費用は全額、患者の自己負担となっていますが、美容や健康への関心が高まる中、都市部を中心に美容クリニックの開業が相次いでいます。
一方、美容医療をめぐってはトラブルも相次いでいます。国民生活センターによりますと、美容医療に関するトラブルの相談件数は2023年度は5833件で、この5年間で3倍近くに増えています。このうち、けがや病気など健康被害を受けたという相談は、昨年度、839件で5年前のおよそ1.7倍になりました。
都内に住む40代の女性は、去年、自由診療の美容クリニックで高濃度のビタミン点滴を受けた直後から激しい腹痛と吐き気に襲われ、近くの総合病院に救急車で搬送されました。病院では重いアレルギー反応のアナフィラキシーを起こした可能性を指摘されましたが、点滴を行ったクリニックの医師は体調が悪化しても対応してくれなかったといいます。女性は「体調が悪化したのに診察してもらえない不信感や、ここは本当に医療機関なのかという疑問が残った」と話していました。
こうした中、今回、NHKが東京23区と大阪市に情報公開請求などを行い、独自に調査したところ、医師以外の異業種でも参入できる「一般社団法人」として設立されたクリニックが去年末時点で298件あり、この5年間で6倍に増えていることがわかりました。また、ホームページなどの情報をもとに診療内容などを調べたところ、その6割以上を自由診療の美容クリニックが占めていました。一般社団法人は、登記のみで簡単に設立でき、平成20年の公益法人制度改革にともなって創設されました。全国に10万件以上あるクリニックは代表が医師の「医療法人」や医師が「個人」で開設するケースがほとんどですが、近年「一般社団法人」による開設が“第3の開業の道”として広がり始めています。
「一般社団法人」は、医師が代表となる医療法人とは違って▽管理者となる医師がいれば誰でも経営に参入することができるほか、▽都道府県の認可を受ける必要もなく登記のみで設立できます。
クリニックを開設するには管理者となる医師が必要で、医療の安全を確保するため、原則として「常勤」であることが求められています。しかし、NHKが一般社団法人のクリニックで管理者となっている医師に取材を進めたところ、複数の医師が常勤をしていない「名義貸し」の状態だったことを認めました。このうち、大阪市内の美容クリニックの管理医師となっていた医師は次のように話しました。
大阪市内の美容クリニックの管理医師となっていた医師「保健所の職員が来た時に1度だけクリニックに行ったがそれ以降は1度も出勤しておらず、“名義貸し”状態だった。管理医師をやっていたときは給料をもらっていた」
また、都内の美容クリニックで管理医師となっていた医師は、「勤務は週に1度だけで名義貸しと言われてもしかたがない。こづかい稼ぎのつもりで引き受けてしまった」などと話しました。
さらに、一般社団法人が開設した美容クリニックの元スタッフは「診療態勢に問題があった」と証言しました。元スタッフが働いていたクリニックは都市部の繁華街にあり、これまで医療とは無関係だった飲食業の経営者が一般社団法人を設立して開業したということです。しかし、管理医師として保健所に届け出ている院長は「常勤」ではない状態だったということで、元スタッフは「勤務していた1年余りの間に、院長がクリニックに来たのは1度だけでした。医師免許が必要な薬剤発注のときに名前を使う人という感じで、常勤はしていませんでした」などと証言しました。このクリニックでは小児科や麻酔科などが専門で美容医療の経験のない30人ほどの医師がアルバイトで集められシフトを回していたということですが、トラブルが起きた際のマニュアルなどは整備されていなかったということです。元スタッフは次のように話していました。
一般社団法人が開設した美容クリニックの元スタッフ「美容医療をやったことがないような医師が問診に入っていました。1度だけしか勤務せず、『座っているだけでお金がもらえてラッキー』と言っている人もいました。クリニック内の医療行為に誰も責任を持たない態勢で、『何かトラブルが起きたらどうしよう』と思いながら働いていました」
クリニックは、保健所の審査で「非営利性」が認められ、問題がなければ開設が認められますが、一般社団法人には監督官庁がなく、医療法人にはかけられているさまざまな規制の対象になっていません。具体的には▽医師以外でも代表を務めることができるため、誰でも経営に参入することができるほか、都道府県に対する定期的な事業報告も不要になっていて、行政の認可を受ける必要がないため定款の変更や分院展開も容易になります。NHKの取材に対し美容クリニックの関係者は「医療法人はトップが医師なので、医療倫理や安全を最優先に運営するようになってくるが、一般社団法人は利益を最優先に運営する異業種の経営者が利用しやすい仕組みになっている」と話しています。
一般社団法人のクリニックの審査を担当渋谷区保健所 熊澤雄一郎生活衛生課長「一般社団法人は監督官庁がないので、審査の際に疑問点があっても問い合わせ先がなく、基本的に書類が整っていればクリニックの開設を許可している。医療法人と同じようにクリニックの開設後も業務内容を報告する体制を国が整備する必要がある」
急増する一般社団法人のクリニックについて、厚生労働省はことし1月、都道府県や保健所を対象に初めてとなる実態調査を行っていて、今後、課題などを整理するとしています。医療政策に詳しい千葉大学病院次世代医療構想センター長の吉村健佑医師は一般社団法人のクリニックが都市部で増加していることについて「医療法人と比べて一般社団法人のほうがクリニックを開設しやすい点に目をつけたほかの業種の経営者が参入するケースが近年目立ってきた」と指摘しています。そのうえでどのような事業を行っているのか定期的に監視する仕組みが整っていないことについて、次のように指摘しています。
千葉大学病院次世代医療構想センター長 吉村健佑医師「第三者の目が入らずに一般社団法人が事業を拡大させていく中で、リスクの高い診療を十分に訓練していない医師が行ったり過剰な診療を行ったりすれば、健康被害などの事故につながるおそれがある。行政が事業内容などを定期的にチェックできるような制度を検討していくべきだ」
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