昨年3月、関西のある私立女子大は、重要事項を決める評議会を開き、重い決断を下した。
時代のニーズに合った教育を提供しようと、学部・学科をリニューアルするなど経営努力を重ねてきた。だが、学生数はここ数年、全学年の定員(収容定員)の7割ほどで推移し、1年生が入学定員の50%にも満たない学科もある。
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この学科の定員を減らすのか、維持して回復策を探るのか。評議会は、全会一致で入学定員の削減を選んだ。
それまで1年間にわたり、学内で10回以上開いた会議では「自力回復できないか」という意見も出ていた。だが、今、手を打たなければ、定員割れの大学に対して強化された国のペナルティーを受ける危険が増す。
低所得層学生の支援制度で対象外に
同大は直近10年間で入学定員を約25%減らしている。理由は少子化で学生集めが難しくなっただけではない。国のペナルティーを避けるためでもある。
文部科学省は2024年度から、直近3年連続で定員の8割を満たせなかった大学は、主に低所得世帯の学生を給付型奨学金などで支援する「修学支援新制度」の対象から原則、除外することにした。就職率などが9割を超えれば、除外が猶予されるものの、大学の収容定員(学部のみ)の5割を切れば、この猶予も受けられない。
この女子大では約15%の学生が新制度を活用しており、対象外となれば入学者が激減する恐れがある。「リストから外れるというのは、私立大学にとって死刑判決に等しい」と、学長は吐露する。今回は、新制度の対象にとどまるため、学生募集に苦戦する学部の定員を減らすギリギリの決断を迫られた形だ。
「小規模、女子大のどちらも『負の条件』になっている。経営上、もうこれ以上の削減はできない」。そう嘆く学長は、「大規模な大学だけが生き残っていく、そんな『一つの方向性』だけでいいのか。個々の学生により丁寧に対応できる小規模大学だからこそ、開花する学生もいる。政策を見直してもらいたい」と国に訴える。
首都圏の私立女子大は、「必要な一定の条件」を満たせず、新制度の対象から外れたことを公式サイトで発表した。受験生などに対し、入学しても新制度の支援を受けられない、と注意を呼びかけるメッセージを載せている。同大は00年と比べて定員をすでに5割以上減らしており、他大学との統合を検討しているという。
少子化の影響などで、入学者が定員を満たせなかった私大は今春、過去最多の59%に達した。学生が集まらず、収入の柱である授業料などが減れば経営が悪化し、学生への教育にも支障が出る恐れが高まる。文科省が近年、定員割れの大学に対するペナルティーを強化しているのは、そう考えるからだ。この「北風」を避ける対応として、学部の定員を減らす私立大は少なくない。
今夏に実施した朝日新聞と河合塾の共同調査「ひらく 日本の大学」で、00年(または開学時)と比べた学部定員について尋ねたところ、回答した474の私大のうち122大学(26%)が「減少した」と回答。このうち25大学が「3~5割減少」、7大学が「5割以上減少」と答えた。(久永隆一、増谷文生)
記事の後半では、他の「北風」政策とともに、経済支援をすることで大学を撤退・縮小へと誘導する「太陽」政策についても紹介します。
私立大の6割近くが入学定員を満たせない時代となった。さらに文部科学省は今後の少子化は、中間的な規模の大学が毎年90校程度消える勢いで進むと推測する。小規模な私大ほど学生が納める授業料などが収入の多くを占め、大幅な定員割れは経営悪化に直結する。文科省が定員割れの大学を撤退や縮小に誘導しようと進めるのが、「北風と太陽」政策だ。
文科省は「北風」政策として、一定の割合まで定員割れとなった大学に、様々なペナルティーを科してきた。
定員充足率5割以下で私学助成ゼロに
学生数が全学年の定員(収容定員)に満たない大学は、教職員の人件費や研究費などに充てられる、国からの私立大学等経常費補助金(私学助成)を減らされる。収容定員の9割を切ると減額が始まり、5割以下になるとゼロになる。減額の割合も年々大きくなってきた。私学助成は、平均で私大の収入の1割程度を占め、減額は大きな痛手だ。
さらに今年度、主に低所得世帯の学生を支援する修学支援新制度の対象外にするというペナルティーも始まった。3年連続で充足率が8割を切るなどして対象から外された大学は、支援を受けたい学生に避けられ、入学者が減ってしまう。
定員を減らして入学者が減れば、学生納付金も減収となる。このため各大学は、どちらが経営へのダメージが小さいか検討する。関西の女子大のように、ペナルティーを受けないように、あえて定員を減らす大学もある。
朝日新聞と河合塾の共同調査では、回答した私大474校の9%(44大学)が今後5~10年の間に定員を減らす方向性を示し、さらに20%(96大学)が「実施するか検討中」と答えた。
定員を減らす考えが多かったのは、入学定員が「1千人未満」の小規模私大。44大学の9割近い38大学を占めた。京都府と大阪府を除く近畿地方と四国・九州地方で目立った。
逆に立教大や学習院大、関西大は増加を決め、上智大や中央大、近畿大は「増加する方向で検討中」と答えるなど、首都圏や関西の大規模大には定員を増やす考えの大学が少なくなかった。
「若者の流出を助長」私大団体が批判
一方、回答した私大のうち64%が、「定員充足率による補助金配分などでのペナルティーの緩和」を求めた。入学定員が「1千人未満」の小規模大は特に多く、69%が選んだ。
日本私立学校振興・共済事業団(私学事業団)の集計では、小規模大学ほど入学定員の充足率は低い。定員割れが深刻な小規模大ほど、より強く緩和を求めていた。
小規模大が多く加盟する日本私立大学協会の小原芳明会長(玉川大理事長・学園長)は、9月の中央教育審議会の特別部会で、定員割れを理由に修学支援新制度の対象外にする要件の廃止を求めた。「家庭の経済状況にかかわらず、だれもが高等教育を受けられる社会の実現が強く望まれる。学生に責任のない要件は撤廃するべきだ」と訴えた。
経済支援で学生募集停止しやすく
この要件が「低所得層の学生が学びたい大学で学べない矛盾を生む」と指摘。「地方から大学進学の機会が失われ、若者の地域流出を助長させかねない」とした。
一方で文科省は今年度から5年間を「集中改革期間」と位置づけ、「太陽」政策も進める。「チャレンジ」「連携・統合」「縮小・撤退」といった方向で改革に取り組む私大に、5年間限定で財政支援する。
国が成長分野と見込む理工農系へと学部を転換したり、意欲的な経営改革をおこなったりする大学を後押しする。また、事務の効率化や人件費の削減によって、得意分野を伸ばすことに人や予算を集中できるように、複数大学が連携や統合を進める際の支援も始めた。
中でも特徴的なのは、学生募集を停止した大学や学部の支援に乗り出す点だ。定員割れを改善できる見込みがなくても私大が撤退を決断しづらい原因の一つとされていたのが、学生募集を停止すると自動的に私学助成がゼロになるルールだった。助成がなくなって大幅に収入が減れば、最後の学生が卒業するまで教職員を雇い、設備を維持するのが難しくなるためだ。
文科省は今回、一定の条件を満たせば、最後の学生が卒業するまで教職員の人件費や研究費などを支援する事業を始めた。その目的を担当者は「学生集めに苦労する大学が、撤退や規模縮小に踏み出しやすくするものだ」とする。担当する日本私立学校振興・共済事業団には、すでに複数の大学から問い合わせが来ているという。
一方、独自の工夫で乗り切ろうとしているのが、人口8万人の新潟県柏崎市に1995年に開学した新潟工科大だ。就職率が高く、主に県内から学生を集めてきた。だが、急速な少子化などで最近は定員割れが続く。
定員を2割程度減らすといった対応をしてきたが、25年度からは全国から学生を集めるための取り組みを始める。民間業者や地域と連携して、実質無料で住むことができ、地域課題の解決にも挑戦できる、空き家を活用した学生寮(教育寮)を用意する。田辺裕治学長は「卒業後も新潟に残って、地域を元気にしてくれる学生が集まるきっかけになってほしい」と期待する。(増谷文生)
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〈おことわり〉当初配信していた記事では、修学支援新制度の対象でなくなる条件として、学生数が「収容定員の5割を切る学部が一つでもあれば」としていましたが、「大学の収容定員(学部のみ)の5割を切れば」の誤りでした。修正しました。
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