日が暮れて薄暗い校舎の2階、廊下の端の一室から暖色のあかりが漏れる。引き戸の前には、乱雑に脱いだ運動靴が十数足。室内から日本語に交じって、英語や中国語、ネパール、ベトナム、タガログ語も響いてくる。
大阪市生野区で、閉校した小学校舎に拠点を置くNPO法人「IKUNO・多文化ふらっと」。週4日、小学生から高校生向けの教室を開く。開設は2017年。日本を含め8カ国の約100人が集まる。
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教室の基本ルールは「自分のことは自分で決める」。勉強を基本にしつつ、過ごし方は自由だ。
それを体現するフィリピン出身の3人きょうだいが、5年前から通っている。
フィリピン出身の3きょうだい、それぞれ思い思いに
長女ミカ(17、仮名)は講師と一対一で、高校の宿題や日本語検定の問題集に取り組む。3年生になり、進路の相談も増えた。
長男コウジ(14、同)は、パソコンのオンラインゲームで遊ぶことが多い。好物のサワークリーム味ポテトチップスを食べながら、友達や講師と盛り上がる。
次女のマヤ(13、同)は講師の大学生相手に、いつも学校での悩みや恋愛の話に興じる。一緒にコンビニへ買い物に行ったり、スマホで動画を撮ったりする日もある。
3人は生野で、フィリピン人の母親と暮らす。マヤは母と13年に、ミカとコウジは19年に来日。後の2人が小中学校に入る際、ふらっと事務局長の宋悟(そんお)(63)が役所や学校の手続きを支え、3人は教室に通い始めた。月謝は必要だが、市の塾代助成を使えば実質無料になる。
当初、ミカとコウジは日本語がほとんど話せなかった。コウジは、本来の学年より一つ下の小学3年に編入。ただ、学校だけで十分な日本語指導は受けられない。家での会話も主にタガログ語だ。
教室では専従職員のほか、大学生や社会人ら十数人が有償の講師を務め、日本語教師の資格をもつ人も多い。その一人、会社員の仲田愛(45)は4年間、コウジとペアを組んだ。
寄り添う講師「まずはここを居場所に」
勉強好きではないコウジは日本語学習に行き詰まり、返事もしない日があった。仲田は学習アプリを使ったり、合間にトランプをしたりと工夫を重ねた。「まずは、ここを居場所として、安心して来てくれるのが一番かなと思って」
続けて教室へ通ったコウジ。中学でバスケットボール部に入り、仲田は「打ち込むことができて、ぐっと成長した」と目を細める。
5月2日、コウジが5年近い顔なじみの職員、金和永(きむふぁよん)(34)にふと「ピアノを弾きたい」と口にした。姉が以前弾いていたのを見て、「自分も」と思い立ったという。
金は即座に教室のピアノを開き、黒鍵の半音やオクターブの意味を教えた。ただ、消音しても室内に音が響く。そこでネット上にある鍵盤の画像を数枚印刷し、貼ってつなげて即席の紙製ピアノを作った。翌週は教室のタブレットを貸し、鍵盤アプリで練習した。
コウジがくり返すのはSNSで話題のピアノ曲。動画を何時間も見続け、指の動きを覚えたという。
「熱心やね」と声をかけた記者に、コウジは「ずっとゲームばっかやってても、おもんないやろ。まあこれも成長かな」と笑った。中学2年になり、勉強に向かう時間も増えている。=敬称略(玉置太郎)
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